告。
written by Miyabi KAWAMURA
2006/1119
生クリームの上に乗ったマシュマロが、溶けたスプレーチョコでミント色に染まっている。プラスチックのマドラーの先、スプーンになっている部分でそれを掬い、ひとくち食べて「甘い」と呟いたウルキオラを横目で見て、グリムジョーは言った。
「それ。俺にも寄越せ。」
「イヤだ。」
即答である。
取り付く島も無い返答に、グリムジョーは唸るとカウンター席に突っ伏した。
「・・・知ってっか? 疲労回復には甘いもんが一番なんだぜ。」
「だったら自分で買って来い。ショートは320円だ。」
「・・・。」
はあ、と溜息をついて、グリムジョーは顔を上げる。
正面のガラスに映ったウルキオラを見ると、彼はホワイトマシュマロモカと名の付いた、冬季限定のホワイトチョコレートフレーバーのミルクコーヒーの紙コップを両手で持って、自分の方を見つめていた。二人の目が、ガラスを経由して、合う。
「・・・泣かれた。・・・つか、泣かせた。」
ふいに。
そう呟いたグリムジョーの表情からは、先刻までの軽口を叩く様な雰囲気は消えていたが、ウルキオラは何も言わずに、もうひとくち、甘く温かい・・・スプレーチョコを溶かすために少々掻き混ぜ過ぎたため、「熱い」より「微温い」に近付いてしまったコーヒーを、飲んだ。
先週末、土日の二日間で行われた学園祭の最終日。
もう殆ど閉祭の時刻に近付いた頃、他校の生徒にグリムジョーが告白されたという事は、学内でも結構な話題になっていた。
グリムジョーとウルキオラが所属する2年B組を訪れたという少女の顔を、ウルキオラは直接には見てはいないが、その少女が小柄で黒い髪で、綺麗な顔立ちを・・・はっきり言ってしまえば、ウルキオラに少し雰囲気の似た顔立ちをしていた、という事は、その時たまたま教室にいたロイから聞いて知っていた。・・・そして、何故かその時に彼女に返す事の出来なかった返答を、今日するつもりだ、という事は、グリムジョー本人から聞いて知っていた。
知ってはいた、が。
だからといって、ウルキオラが何か干渉する必要があるとも思えなかったし、またグリムジョーも、ウルキオラに何らかの言葉なり、反応なりを求めたりは、しなかった。
「・・・仕方ねぇよな。」
一呼吸分の空白の後、自分を納得させる様にそう続けたグリムジョーの声は苦い。
「他に好きな奴がいる、つった途端にすげえ泣かれた。・・・けど、」
仕方ねぇよな。
・・・もう一度そう言ったグリムジョーは、カウンターに伏せていた上体を起こすと、何かを吹っ切る様に大きく息をついた。
「ウルキオラ。こっち向け。」
普段通りの声音でそう言われ、何だ、と隣を見遣ったウルキオラの隙を突いて、その手の中の紙コップが強奪された。
「っ、返せ。」
グリムジョーが残り少なになったホワイトマシュマロモカを飲もうとした直前に、ウルキオラの手が、水浅葱の手首を掴んで止めた。
「・・・っ、オイ。零れるって。」
「駄目だ。返せ。」
「マシュマロは食わねぇから。」
「イヤだ。」
「つか、いい加減諦めろって・・・、」
「絶対、イヤだ。」
「・・・ウル?」
「嫌だ。」
カウンター席の、決して座り心地が良いとは言えない椅子の上で、半分ふざける様に繰り広げられた甘い飲料を巡る攻防は、二人の視線が真正面からかみ合った瞬間に中断された。
「・・・嫌だ。」
発せられる「音」は同じなのに、ウルキオラの声が・・・篭められた「色」が僅かに変わった事に気付いて、グリムジョーは訝しげに眉を顰める。ウルキオラに掴まれたままにされた手首が、徐々に強くなる圧迫に不満を漏らすが、間近に見た碧目が一瞬揺れた様な錯覚に捕われ、水浅葱は些末事に払う余裕を放棄した。
「俺は嫌だ。」
ウルキオラは、もう一度そう告げると、ゆっくりと言葉を続けた。
「髪が水浅葱でも、目が同じ色でも、どんなに似ていたとしても、俺は・・・、」
「・・・お前じゃなければ、嫌だ。」
告げると同時に、ウルキオラの手から、ふ、と力が抜ける。
「ホワイトチョコレートナッツクッキーが食べたい。」
「あ? ・・・ああ、」
ウルキオラからの不意打ちの「告白」と、それに続いた単語の意味が繋がらず、グリムジョーの思考が一瞬止まる。しかし、そんな水浅葱の様子を無視したまま、黒髪碧目の幼馴染みは、二度は言わない、と言い残してふいと視線を逸らしてしまった。
そして、取り返したコーヒーを、こくりと飲む。
全てを理解したのか、グリムジョーは苦笑すると、席を立った。
ウルキオラは、目前のガラスに映った水浅葱の後ろ姿を見ながら、最後のひとくち、完全に冷えてもやはり甘い液体が残った器を傾けた。
すると、底に沈んでいたマシュマロがひとつ、口内に転がり込む。
表面は柔らかく甘くとろけているのに、飲み下すには硬いマシュマロ。・・・けれど。
それを敢えて飲み下すと、ウルキオラは紙コップの淵を無意識に、きし、と噛んだ。
>>fin.
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