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星。
written by Miyabi KAWAMURA
2006/1117
(2006年クリスマス記念、フリー配布SS)


 

 「・・・グリムジョー、起きろ。」



ゆさゆさ、と身体を揺すられて。
グリムジョーの意識は、眠りの底から強制送還された。

「・・・、ん」
「起きろ。壊れた。」
「こ・・・? ・・・何だ・・・?」

くしゃ、と水浅葱の髪をかき上げ、閉じようとする目蓋を無理矢理に開く。
・・・薄暗い。
自分を真上から見下ろしているウルキオラの姿が、ほとんど夜中と呼んで差し支えない程の暗さの中に沈んで見える中、グリムジョーは、身体と脳が覚醒しきらないまま、相手へと右手を伸ばした。

指先が、頬に触れる。

その確かな感触に、今のこの状況が夢ではない事が知れた。・・・知れてしまったので、仕方無く、眠りに戻りたがる身体を叱咤して、ゆっくりと口を開く事に決める。・・・が、正直、かなり眠い。

「・・・お前、寒くないか?」

グリムジョーの掌に頬を預けたまま、こく、とウルキオラが頷く。しかし、その答えに安堵したのと同時に、グリムジョーの方が寒さを覚え、眉を顰めた。

 ウルキオラも自分も、今は何も身に着けてはいない。
昨夜は、真冬の時期で寒いかもしれない、と脳裏を掠めた考えが、腕の中に抱き込んだウルキオラの体温と、そして首元まで引き上げ、共にくるまった厚手のブランケットの肌触りの良さに負けた。・・・結果、二人揃って、互いに触れた相手の肌の感触に酩酊したまま、なし崩し的に眠りに落ちたのだ。
しかし今はその時とは違い、ウルキオラが起き上がってしまっている為、グリムジョーの身体も、そしてウルキオラの身体も、全く無防備に空気に晒されてしまっている。
いくら暖房が効いているとはいえ、これでは寒い。

 寝起きの掠れた声のまま、来いよ、と言って熱源を・・・否、ウルキオラを再び引き寄せかけたグリムジョーの腕はしかし、拒まれてしまった。
「おい・・・、」
訳が分からず、流石に水浅葱の声に険が滲む。
無理矢理起こされた上、加えて拒絶ときては、別段「寝起き凶悪」という訳でもないグリムジョーだとしても、機嫌良く出来る筈もない。ただ、何処か必死な感の有る(とはいっても、それは普段のウルキオラと比べて、微塵な程の雰囲気の差異に過ぎないのだが)碧の目に見据えられてしまっては、理由も知れない内に、一方的に怒る訳にもいかず。
結局、溜息を一つで気を取り直すと、グリムジョーは起き上がった。

「ったく。・・・何がどうしたって?」
「壊れたんだ、これが。」

『これ』、と言って。

ウルキオラが目を遣った先を追って見て、グリムジョーは二度目の溜息をついた。

「安物だしな、・・・仕方ねぇだろ。」


 二人の視線の先には、小さなクリスマスツリーが置かれていた。


 緑葉のもみの木の頂上に、銀色の星。
色鮮やかなオーナメントと、豆電球が枝に飾られている、クラシックなデザインのそれは、大きさは土台も含めて30センチあるか無いかで、窓辺でも机の上でも、それこそどこにでも置けるような、玩具に近いものだ。

 別にこれは、元からグリムジョーの家にあった訳ではない。数日前、クリスマス会兼忘年会、と称して行われたゼミの飲み会のときに、ダーツの景品として、誰かが量販店で買ってきたものである。・・・多分にアルコールが回っていたにも関らず、ハイスコアを叩き出したグリムジョーは、自分の手元に巡って来た、かさばるだけで使い道の無い「季節限定」の玩具を、最初はゼミ室に置いてこようと思っていた。が、しかし。
何故か、持ち主以上に「これ」を気に入ってしまったらしいウルキオラの手によってお持ち帰りされたツリーは、最終的にグリムジョーの自宅の自室、しかも窓辺に飾られる結果になったのである。


 諦めきれないのか、グリムジョーの見ている前で、ウルキオラがプラスチック製の電源スイッチを、かち、かち、と幾度か押した。・・・が、豆電球は光らない。

「付かない。」
「・・・銅線が切れたんだな、多分。」

 水浅葱があくまで客観的に下した判断を了解するしかない状況に、ウルキオラは吐息を零すと、腕を伸ばしてツリーの鉢を手に取った。「気に入っていたのに」という、単純かつ明瞭な惜別の声を発しない薄い唇以上に、ウルキオラの碧目は雄弁だ。
彼が見つめる先、光らないツリーの頂に飾られた星は、夜光を反射して僅かに輝いてはいたが、それはどこか寂しげだった。

「ウルキオラ、」

その様子に苦笑すると、グリムジョーはウルキオラの名を呼び、黒髪に触れた。
幾筋か指に絡めて梳いた後、撫でてやる。・・・すると、過分に慰められている様な気分になったのか、ウルキオラがグリムジョーの方を向いた。

「そこまでしなくても、別に泣いたりはしない。」
「当たり前だ、馬鹿。」

こんな事で泣かれてたまるか、と揶揄した後、しかしグリムジョーは、続けて意外な一言を口にした。

「つか、それな。俺も気に入ってたんだぜ。」
「・・・そうなのか?」

驚いたのだろう。
訝しげに問い掛けてきたウルキオラに、ああ、と答えると、グリムジョーはウルキオラからツリーを取り上げ、元の場所・・・窓辺に片手で無造作に置いた。そしてその手でウルキオラの肩を掴むと、勢いを付けてその身体ごとベッドに倒れこんだ。

「・・・っ、グリムジョー!」

二人の体重を受けたスプリングが弾む。
グリムジョーのいきなりの行動を咎めようとしたウルキオラはしかし、昨晩と同じ様に、腕の中に抱き竦められてしまって、そのタイミングを逸してしまった。

「いい加減寝直そうぜ。何時だ、今?」

言いながら、グリムジョーの手が動いてブランケットを引き上げ、ウルキオラの顔が半分は隠れてしまうところまで包んでしまう。抱き締める腕とブランケットとで物理的にも雰囲気的にもウルキオラからの文句を封じ込める事に成功したグリムジョーが漏らした笑みは、相手からは勿論見えない。

(・・・、)

ウルキオラは、僅かに身じろいだ。
先刻まで感じていた肌寒さが完全に遮断され、触れ合う肌から伝わる水浅葱の体温に、問題が解決した訳でも・・・ツリーの明かりが再び灯った訳でもないのに、何故か落ち着いたような気持ちにさせられる。

「グリムジョー、」
「・・・ん?」

腕の中から聞こえた呼びかけに、グリムジョーは閉じていた目を開いた。

「起きたら、出かける。」

ウルキオラの言わんとするところを理解して、水浅葱は、そうだな、と呟いた。

「今度は、壊れないやつ買おうぜ。」

その言葉に返事は戻らなかったが、ウルキオラが頷いたのを感じて、グリムジョーは覗く黒髪を、もう一度撫でた。



 ・・・先刻、ウルキオラに伝えた言葉は、本当は半分欠けていた。


グリムジョーは別に、銀色の星のツリーそのものを気に入っていた訳ではない。

ただ、ウルキオラの横顔が。
水浅葱のベッドに寝転がりながら、小さな明かりの灯るツリーを見ているウルキオラの横顔を、見ているのが好き、だったのだ。



一年を形作る十二ヶ月のうち、僅かな間しか飾られる事の無い、「季節限定」 のツリー。



次も、銀色の星のものを探そう、と、眠りに落ちる寸前に、水浅葱はそう思った。

 

>>fin.


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