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最果ての白
written by Miyabi KAWAMURA
2006/1204


 金属と砂が混ざり合い、軋るのに似た音を立てて、現世への道が開く。

聞きなれたその音を経て現れた景色に、ウルキオラは碧の瞳を僅かに瞠った。

視界を覆い尽くす白。


風に揺れ降りしきる雪が、全てを包み込んでいた。





 中空に歩み出された脚が、音も無く地上に辿り付く。

風はほとんど感じられない。
異界へ繋がった道が閉じる間際の、風、というよりは、空間が捻れる瞬間に生まれた歪みが空気を揺らしたが、白い世界はすぐに平静を取り戻した。・・・そのとき。

ウルキオラは、背後の気配に振り返らないまま、言った。

「・・・お前には待機命令が出ていなかったか?」
「言われたのは、『無駄な戦闘行為は慎め』だけだぜ。」

悪びれもせずそう答え、ウルキオラの隣に、やはり中空から音も無く降り立ったのはグリムジョーだった。・・・この第六十刃の奔放さは、今に始まった事ではない。敢えて咎めたところで全くの無駄だと理解したのは、とうの昔だ。

出歩く位好きにさせろ、と続けた水浅葱に向けていた目を一度伏せると、ウルキオラは前を見遣った。


薄墨色の空から途切れ無く生み出されていく白が、目の前に在る全てのものを・・・木や草、そして人の手によって創られた無機質達を、覆い尽くしていく。

命有るもの全てが、息をひそめているかにすら見える景色。

大気中の霊子の薄さや霊的磁場の猥雑さ以上に、現世界に満ちる騒音を厭っているウルキオラの耳には、今のこの、昏く冷たい静謐さが心地よく感じられた。・・・天候の変化という些細な出来事だけで、現世界はこんなにも印象が変わる。それを肯定材料として扱うべきなのか、逆に「存在自体の不安定さ」として蔑むべきなのかは、ウルキオラが判断する事ではない。否、判断したところで、意味のある事とも思えなった。が、しかし、それでも。


この、細かに冷たく降る「白」だけは、果たして有るのか無いのか、自分でも既に分からなくなってしまったウルキオラの「心」を惹き付けた。


ふと、上位の破面らしからぬ衝動にかられて、ウルキオラは己の掌を、胸元でゆっくりと上に向けた。

僅かな重量すら感じさせない「白」の幾粒かが、その上に舞い降りていく。


ひとつ、またひとつ。
ウルキオラの掌の上に、その数を増していく六花。


青白く冷たい破面の皮膚の上でそれは、溶けること無く、その姿を留めていた。






 一体何を思っているのかは窺い知れないが、黙り込んだまま、己の上に降り積もる凍った水の結晶を見るウルキオラの横顔を、やはり黙って見ていたグリムジョーが、口を開いた。

「そんなに好きかよ、雪が。」
「・・・好き?」

掛けられた言葉の意味を捉え損ねたらしい碧目が、掌から離れ、グリムジョーへと向けられる。

「お前は、何故いつも意味の無い事ばかり言う?」

ウルキオラから帰ってきた疑問・・・というよりはむしろ、呆れた響きが多く篭った言葉に、水浅葱の眉が剣呑に寄せられる。が、ウルキオラは構わず続けた。

「余計な感情など、傾ける価値も無い。何もかも、ただ『其処に有るだけ』だ。」

そう言って。
再び、六花に目を戻した相手に、グリムジョーは反論しなかった。

・・・ウルキオラの物言いには常に、否、上位の破面となってからは以前にも増して、一縷の乱れも揺らぎも無い。

整った容貌と、血の通う素振りすら伺えない冷たい色の肌、そして漆黒の髪。
造りものめいた器がその唇で語る、造りものめいた完璧な、論理。

ウルキオラを形作るその「乱れの無さ」こそが、ときとしてグリムジョーを酷く苛立たせるのだが、おそらく相手からしてみれば、そんな事は正に「価値も無い」のだろう。

水浅葱の視線の先で、ウルキオラはそれこそ造りものの如き掌に、脆い六花を受け止めては、瞬きする事も無く見詰めている。


「・・・何だ?」


突然。
手首を掴んで引き寄せられ、ウルキオラは間近に水浅葱の目を見上げた。
掌の上の六花が、全てはらはらとこぼれ落ちる。・・・が、ウルキオラはそれに関して惜しむ素振りも見せなかった。

「グリムジョー?」

グリムジョーの発する霊圧が、ささくれ立つ様に乱れている。
が、そんなものを探らずとも、彼が何が・・・理由の判らない何かに苛立っている事は、ウルキオラにも容易に知れた。

「離せ。痛い。」
「・・・ワケねぇだろ、首座の十刃様がよ。」

握り込んだ手首は、グリムジョーのそれよりも一回り細い。細くはあるが、そこには一撃で敵を屠るだけの力が篭められているのもまた事実で、決して六花の様な儚いものを受け止め、包み込む為に造られたものでは無いのだ。


さらさら、と。
風に揺れ降りしきる雪が、全てを包み込んでいる。


「溶けねぇな・・・、」

ウルキオラの頬に落ちた六花を見て、グリムジョーが口を開いた。
ぎちりと、ウルキオラの手首を捕まえていた手から力が抜け、どちらともつかない吐息が外気の冷たさに白く凍る。

グリムジョーの指が伸びて、ウルキオラの頬から雪を払った。


触れた指も、触れられた皮膚もどちらも酷く冷えて。



・・・その冷たさは、魂の行き着く最果てを思わせた。

>>fin.


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