■夜鳴き鳥は鏡面に詠う■
2008/5/8
十年後雲雀二人で跳ね馬サンド。のおまけ。
十年後雲雀の一人エチ。
枕元に転がした匣を、雲雀は手に取った。
まるで漆塗りのような艶をもつそれは、燭台の明かりしかない真夜中の部屋の中でひそやかに光って、雲雀の目に映る。
匣の六面を確かめるように指でなぞり、シーツの上に戻す。それを何度か繰り返した後、雲雀は寝返りをうった。……今回の旅の収穫であるこれを早く開けたい気持ちはあるが、今は、駄目だった。
“きょうや”と呼ばれている雲雀は別に、これを持ち帰ったもう一人の自分を待っている訳ではない。(それに待ったところで、どうせ彼は、今夜はもうこの部屋には戻って来ないだろう。)
自分達は確かに「二人」ではあるが同時に「一人」でもあるから、互いが望むように動けばそれは同時に、相手の望みを叶えることに繋がる。だから本当は、この新しく手に入れた匣の能力が気になるのなら、自分一人で確かめてしまっても何ら問題はないのだ。けれど、今の“こんな状態”でそれをしたくはなかった。……数ヶ月ぶりに手にした新しい匣だ。愉しみと集中を妨げるものは、なにひとつ赦したくない。
緩く深い息を吐くと、雲雀はうつぶせた頬をシーツへ擦り付けた。
冷たく、さらさらとした感触が心地良い。
先刻から、じわりとした微熱が神経をちりちりと灼いている。そして、止めようとしても止まらない、僅かで細かな、指先の震え。
……理由は、解っていた。
抱かれているのだ、もう一人の自分が。ディーノに。
零時を半刻過ぎた頃、キャバッローネ邸へと戻ってきたもう一人の雲雀は、今回の収穫である匣をこの部屋へと持ってきた後、出て行ったきり姿を見せなかった。
二ヶ月ぶりに戻った“キョウヤ”は、おそらくディーノの腕の中から逃がれられずにいるに違いない。否、むしろ彼の方から、相手の首へと腕を回したのかもしれない。
互いを抱き寄せ、肌の隅々までに指と唇と舌で触れて、別離の時間を埋め尽くすように。
ディーノは、とろけさせ開かせた雲雀の奥を、十分に味わっていることだろう。――どう“キョウヤ”が抱かれているかなんて、考えなくとも解る。それはそのまま、昨日まで自分がされていたことだからだ。
「……っ……」
ぞく、と、身体が震えた。
完全に“同”であり、同時に“異”である片割れが受けている愛撫の熱は、明確な触覚ではなく、何か予感のような――例えば、空気を揺らすほどではない風に、けれど首を撫ぜられればそれと気が付くような、そんな微かさで自分にも伝わってくる。……しかし“それ”は、肌を掠める風のように無害なシロモノでは、無い。
「……、ッ」
ああ、今、奥尽きを抉られた。
一瞬身体の中を走った、重たるく熱い痺れ。
四肢の爪先にまで波紋のように伝わったそれは、けれど消えず残り続ける。下肢の身じろぎにつれ、纏った黒い浴衣の裾が乱れた。露わになった脚がシーツに触れると、その冷たさを感じた刹那だけは楽になるが、すぐに次の波が押し寄せて、雲雀を堪らなくさせる。
うつぶせた姿勢のまま、下肢に手を伸ばした。
腰で締めていた帯を引き緩め、纏わりつく黒い布を掴み掻き分けていけば、もう躊躇いは消える。汗ばんだ肌を指先に感じた瞬間、雲雀はびくりと腰をくゆらせた。
「ぅ……、ぁ!」
肌が粟立ち、一気に体温が上がる。
「ん……ッ、ゃ……」
噛み締めた唇を解けば、湿りきった息が漏れた。――酷く、感じている。自分がされている訳ではない、片割れのされている愛撫に、未だ指すら触れていない自分の身体までもが反応している。
今までに無かった程に酷く乱れされそうな予感に、雲雀は甘くどろりとした息苦しさを覚えて眉を顰めた。
――声すら、聞こえそうだった。
鼓膜を揺らす艶のある深い声。囁きながら耳朶を噛む硬い歯の感触。口移しにされる吐息とそして、密着し擦れる、肌の熱さ。
「――ッ!」
耐え切れず指を絡ませた屹立は、もう濡れ始めていた。
「は……っ、ぅ」
きつく目を閉じ、十指をうごめかす。右手だとか左手だとか、そんなことを意識する余裕は無い。ただ、全ての指を使って、気持ちの良いところを余すところなく弄りたかった。……そうだ、昨日まで、されていたように。今、もう一人の自分が、ディーノにされているように。
「ァ、んん……っ」
握り締めた自身を上下に扱きながら、先端をもう片方の手で包む。引き降ろした甘皮から覗く粘膜はおそろしく敏感で、快楽の予感だけで先端から滴らせる蜜の量を増していく。
「……ィ……っ、ぁ」
切っ先を捏ねる指がぬるつき、扱く指も、それだけでは足りなくなっていく。爪を立て裏筋を掻き、先走りを掌で塗り広げて、根元の柔らかなところにまで湿り気を含ませた。
「――っ……んっ」
掌に包んだそれを、揉みしだく。
薄い皮膚の中にある双球は、嬲る力を強くすればするほど熟れて欲情を溜め込み膨れあがる。此処を口腔に含まれ甘く噛まれると、気が狂う位に気持ちがいい。けれどそれを雲雀に教えた相手は、この部屋にはいないのだ。それなら自分で、全てをしなければならなかった。
「ぁ、ァ……っ」
くちゅ、くちゅ、と鳴る音に合わせるように、いつのまにか、雲雀の下肢は揺れ始めていた。
手淫しながら前後に腰を振ると、先端が身体の下にわだかまった浴衣にぶつかる。シーツより生地の荒いそれに、充血しきった小孔の淵が擦れた。大腿が痙攣し、もどかしい刺激に浅く早まった呼吸が途切れた。
手の中の肉塊が張り詰め、指を弾き震えている感触に何度も唇を噛む。
……名前を、呼んでしまいそうだった。そうしなければ、もう一人の自分を抱いている相手の名前を、声にしてしまいそうだった。
『恭弥』
刹那、頭に響いた声に、雲雀の咽喉が掠れた音を立てた。
「ふ……ッ、ァ」
――名前を、呼ばれた。今。
後ろから、覆い被さる体温と重み。割り開かせられる脚、膝を立てるように甘く強いる声。
『もっと、だ。恭弥』
「や……っ、あぅ」
『それじゃ、入らない。……ほら』
「ぁ……っ」
頭の中で、心臓の音が煩く鳴り響く。
組み伏せられ、獣のような姿勢のまま穿たれているもう一人の自分が感じている刺激の全てが、自分の身体に、ひたりと重なっていく。
「ん……っ、ィーノ…ッ」
腰を掴み引き寄せる手の力。肌に喰い込む指先と爪。
引き抜かれ、突き上げられる度に掻き混ぜられる内襞は、けれど決して咥え込まされた肉塊を拒んではいない。柔らかな、幾重にも折り重なった襞の合間を抉られるたびにいつも、熟れきった雲雀自身の先端からは、濁った先走りがとろとろと滴り肌を汚していく。それは紛れも無い、悦楽の証拠だった。
「も……っ、と……」
扱く手に自身を擦り付けるように下肢を揺らしながら、雲雀はむずかるように首を振った。
「ァんん……っ」
脳と、身体の最奥から溢れ出す淫らな熱に、意識が灼かれていく。
ひとりきりのベッドの上でうつぶせて膝を立て、ねだるような声で啼いて、自慰に耽る。脚の付け根に這わせた十指はぬかるみにまみれ、滴った体液は掌に溜まり手首へと伝い落ちた。
「ディ、――ッ、んんっ」
『……恭弥』
「ひ、ぁ……ッ!」
爪先を先端の窪みに抉り入れた瞬間、精液が吐き出されていく感触に、雲雀の背がしなやかに反った。
びくびくと痙攣する肉塊を包む指に伝わる、白濁のぬるさ。
「――ッ……ぁ」
逐情の刺激につれて漏れた舌足らずな声は、けれど雲雀以外に聞くものはいない。
脱力しきった身体を重力に任せていくと、乱れきった浴衣の濡れた感触が肌に触れる。達したばかりの敏感な場所を、無意識にかそこに擦りつけ尚も緩い快楽を貪ると、雲雀は目を閉じ、甘く息をついた。
>>fin.
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