尾高産業、通称オダカは1961年から模型メーカーとしてプラモデル業界に参加したメーカーです。マルサン商会から日本初の商業販売プラモデルが発売されたのが1958年。それからわずか3年後に模型業界に参入というのは、かなり早い時期からのプラモデルメーカーであった訳です。
当時を知るおじさんモデラーにとっては「何だかダサいメーカー。」として記憶に残っているかもしれませんが、日本プラモデル50年誌付録「日本模型新聞にみる昭和プラモデル全リスト」では、1961年から16年間の尾高産業の活動の中で、218ものキットを出している中堅メーカーでもありました。
CDにデータベース化された上記リストは、タイトルにも謳っている通り、業界紙である日本模型新聞に各メーカーがプレス発表した発売予定商品を纏めたもので、必ずしも1958年から2008年まで日本で発売された全てのキットが網羅されている訳ではありませんので(駄玩具プラモデルを除いても、網羅率は97〜8%程度か?)、オダカもそれ以上のキットを発売しているのは確実です。
「プラモデル」というものを作るととりあえず売れたという昭和中期。オダカも飛行機、戦車、ボート、スポーツカー等、あらゆるジャンルのキットを出しましたが、同社を最も特徴付けるのがミキサー車やブルドーザー等の建設車両、様々な兜シリーズ、お城シリーズでしょう。一部三共等の他社キットの再販もありましたが、16年間で二百数十といえば、再販を入れてもコンスタントに毎月1,2個の製品をリリースするというペースです。
他社製品の再リリースを除けば、同社オリジナルのキットはいずれもオモチャ然としたチープなものでしたが、1960年代から70年代というのは、そんな小規模なプラモデルメーカーでも充分に商品を開発発売できた時代…すなわちそれに見合った安価なプラモデルが存在できる、充分な市場があった時代でもあります。
そういう市場を支えた町の元気な中小企業の一つがこの尾高産業だったのです。
そしてそんな尾高産業がプラモデル市場に参入した記念すべきキットが、1961年4月に発売された、この火星人「ファール」だったのです。
ファールの初販パッケージ。
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上がファールの初版箱。フロート車輪の波の形から左向きに進んでいると思われるのでプロペラは、牽引式(前方についているペラで本体を引っ張る)に見えますが、少年が持っているハンディファンは推進式プロペラのように本体とは反対向きに風が吹いています。これは電池を逆さに入れて使うというものでしょうか?
髪の毛が汗で額に張り付いた少年が、いかにも気持ちよさそうに風を受けている、絵本テイストのパッケージが時代を感じさせますね。
この形式のハンディファンのプラモデルは何社からか出ていて、特にアリイのファンは本体が50円。13モーターが100円だった時代に80円のRE−14を使用し、電池は当時一本25円だった単三電池を使うという、モーターライズプラモとしては異例の安さで、おそらく日本中の子供達がこうやって文化的涼風味を楽しんでいたと思われます。そう考えると何だか楽しくなりませんか。
画像は当時チビッコに大人気だったアリイのミニファン。
コンクリートミキサー車とか売ってた頃の ARII マークが懐かしいですね。
プロペラは折り畳み式で携帯便利。
スイッチを入れると遠心力でペラが広がって送風を開始するアイディア商品でしたが、
ロットを重ねると金型が痛んで(?)、軟質樹脂のペラの蝶番部分が
バリで引っかかるので、削り込みなどの微妙な調整が要りました。
本体は簡単に組み立てられましたが、はめ合わせが堅いロットもありました。
前期型はパッケージイラストの流線型で、マブチS−1同様の本体回転式スイッチ。
写真のように独立した赤いスイッチは後期型か? |
一つ前のパッケージに戻って、尾高産業の最初期ロゴマークにも注目。丸の中にMODELとdaka(ダカ)のロゴですが、丸を「オ」と読ませての、尾高模型の意味でしょう。
また、このキット最大にして永遠の謎、キット名に火星人の文字が入っているのは初版だけで、再販箱ではこの文字が消えて、単に「水陸両用ファール」となっています。でも火星人って何?
「分かった!頭のデカいこの少年!」
「多分違うと思います。」
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ファールの再販パッケージのアップ。 |
ファール再販パッケージのアップ。イラストの改訂の他に、使用モーター、電池、性能…というか謳い文句が書かれているのが初版箱との違いです。
因みに多くのハンディファンはRE−14を使っていますので、1966年以降のキットになりますが、それより5年も早く発売されたファールはNo15モーターを使用しています。ファールは他のハンディファンの嚆矢という事が分かりますね。意外と凄いぞファール!
解説では扇風機ではなく旋風機となっているのが凄いですね。因みに旋風とは直径50メートル以下で、竜巻より小規模のものをいう…なんて解説は意味がないかぁ。
先に「日本模型新聞にみる昭和プラモデル全リスト」には載っていないキットがいくつもあると述べましたが、実はこのファールは再販版がリストに載っていないキットの一つです。なので少年テルスター中尉が買った再販版は、初版の翌年にあたる1962年から、テルスター少年が小学校3年生だった1967年迄のいつ再販されたかは良く分かっていません。模型少年だった彼が行きつけのお店で何年も気が付かなかったというのも不自然なので、これは店頭在庫ではなくお店か問屋の倉庫に長期在庫していたものが店頭に出たか、将に最長で1967年まで尾高が再販していたかのどちらかでしょう。扇風機にもなる水ものプラモですから、意外に数年間にわたって再販されていたのかもしれません。
もう一つ注目は、オダカ(ODAKA)の第二期ロゴマーク。文字が躍ったような楽しい雰囲気のものに変更されていますが、筆者が知る所、今のところ尾高産業のこのマークはこのキットだけのようです。
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ファールのパッケージング。(初版) |
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上は「ファール」(初版)の梱包状況。
今は全てのキットがパーツを保護する回しランナー(四角く囲ったランナーでパーツを守っている成型)ですが、初期のプラモデルは成型樹脂の量を節約するために周りのランナーがなく、注型の中心となるポイントから各パーツに必要な距離だけ取った枝ランナーが主流でした。枝ランナーは今でもガレージキットなどにみられますね。
更に時代を遡ると、このキットのようにパーツを枝ランナーから切り離して、主要パーツだけ厚紙に糸やゴムで止めて見栄えを良くした飾りパッケージになっているものが多くみられます。これは将に一つ前の時代の木製ソリッドモデル、特に高級モデルに見られたパッケージングで、ブリスターパックが登場する以前の、高級感溢れる手間のかかった梱包スタイルでした。
今となってはチープ感が否めない「ファール」ですが、尾高産業にとっては、このキットが自社のプラモデル界参入の切り込み隊長である意気込みが感じられる商品です。
インストがクルクルっと丸められて筒状になっているのも、ソリッドモデルの雰囲気を色濃く出していて、尾高産業がこのキットをかなり正統派のプラスチック組み立てモデルとしてリリースしていた事が分かります。
ニチモやヤマダがかなり後期までこの組み立て説明図梱包スタイルを取っていたのは、シニアなモデラーのご存知の所。
ああ、懐かしいなぁ。オジサンたちはこの組み立て説明図のクルクルだけで、ご飯が三杯食べられるぞ。(いや、トリスのハイボールが三杯いけるのか?)
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ファールのパッケージング。(初版) |
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今度は「ファール」(再販)を箱から出して並べた画像。テルスター中尉が入手した時点で既に欠品ありだったそうで、確かにピンポン玉様の車輪が二つ無い!(笑) …でもプロペラが一つ多い!(爆)
ライトプレーン(ゴム動力飛行機)の主脚(っていうか、ライトプレーンには尾輪は無いんだけど)に近似している四本足用のピアノ線が、「くの字」部分で交差させて梱包されているのは、そのライトプレーンがそうだったように梱包する時の容積を少なくして、ピアノ線の先が紙や箱を破らないようにするメーカーの知恵。
それが懐かしいのは、やっぱりオジサンの性でしょう。
右上の大きなペラは、以前紹介したイッコーの水上スピードレーサー「ジェッター」「ハリケーン」のプロペラ同様、そっと大量の空気を送り出せるような幅広のものですが、本体の成型色と同じで、直前の初版箱の中身にも写っている所から、これがオリジナルペラだと分かります。が、オマケ?のグレーの二枚ペラはいったい何でしょう?
実はこれは…。
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ここで、テルスター中尉から再販版の資料が!本体が黄色いのが再販版の特徴ということで、これが将に再販版の画像となります。
幅広ペラと本体の成型色が違うので、胴体とペラは別々の金型の可能性があります。さらに注目すべきは再販版にも色違いの(=本体と別金型の)二枚ペラがついている事!
テルスター中尉からもたらされた情報では、幅広の3枚ペラは扇風機用で、2枚ペラが走行用との事。
見ると走行用の2枚ペラは、何だか先端が断ち切ったように不自然に平らになっていますが、軸穴の周りの部分には、かすかに半径方向にスジが見えます。これは将にライトプレーンのゴム動力プロペラの空転装置のラチェットの凹みでは?!
ファールって、単に一つのペラで事を済ませていたのではなく、走行用と扇風機用の2枚のプロペラを使い分けていた、中々の芸コマなキットだったんですね。
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ファールの組み立て説明図 |
上は「ファール」の組み立て説明図!
まず目につくのは最上段の「ファール(水すまし)の組立てかた」というタイトル。そうか、箱絵からうすうす感づいていたけど、ファールって英語で水すましの事なんだ!と四重に早合点させてしまう危険な展開。 よ、四重?!
まず第一にミズスマシは英語ではワイアリングビートル(whirligig beetle)であってファール(FAIR?)でもなんでもない。
第二の落とし穴は…水に浮く昆虫って事で水すましで納得しちゃったけど、そもそも水すましってゲンゴロウに似た水に浮く丸い甲虫のほうじゃん。このプラモデルの形だったら「アメンボ」でしょ!
第三にじゃぁアメンボの英訳がFAIRなんだ!と思うけど実はアメンボは英語でウォータースライダー(water strider)。がっくし。
第四に…っていうか、FAIRって直訳は市(いち)の事じゃん。このキットに限ってはどうやらテルスター中尉が最前書いていたように、ファールというのはプロペラなどが回る「ブーン」という擬声語の事らしい?と思って調べると「ブーン」という擬声語ってwhirであってFAIRじゃないし。ん?whirってwhirligig
beetle(ミズスマシ)のwhirligig(グルグル回る)に似てないか?
という事で、これだけで400字詰め原稿用紙2枚分語れちゃう。(笑)
まぁ、ネーミングの迷宮はこれくらいにして肝心な中身。
想像はつきましたがシンプルこの上ない明瞭簡潔さ。上から5段目までは良いとして、最下段の図は何だかごちゃごちゃして見にくいですね。読み解くとこれは水面に映った影を描き込んで立体感ある図にしたかったようですが、足の影がバラバラで、本体以外の足先の影も意味不明なアブストラクトな絵になっています。尾高の社長さん(?)あまり絵心がなかったのかなぁ。
でも今迄の画像では分からなかった点として一点。この絵で初めて「ファール」のカウリング先端が六角形だという事が判りますね。つまりこれは15モーターのプラスチックの先端部分(エンドベル)の形そのもので、「ファール」はこうして15モーターを固定していたのが分かる絵になっています。
また最下段左のモーちゃんター坊の絵のイラストがこれまた懐かしいですねー!(あ、涙出て来ちゃった)
今見るとこれはこれでへたっぴいな絵ですが(問題発言ッ!馬淵家からUMAにクレームが来るか?来ないか?どーでもいいか?)当時の子共達はそこここに登場するこのアドバタイズメントイラストに、先進の雰囲気を感じてワクワクしたものでした。オジサンたちはこのイラストだけで、昔のしょっぱいベビースターラーメンが3袋食べ…。(いいからもう)
そしてもう一つ。初版箱絵に記載されていた「火星人ファール」の火星人とは何か?という永遠の疑問に関して、この図は一つの示唆を与えてくれます。
このキットが発売された4年後にNHKで放映された「宇宙人ピピ」はイマイからモデライズされていますが、キットの内容は殆どがピピの円盤が占めていて、主人公であるピピはその何分の一もない小さなものでした。つまり宇宙人ピピというキットは宇宙人ピピというキャラクターの名前でピピの円盤というガジェットがモデライズされていたとも言えます。 そう考えた筆者は、ずっと火星人「ファール」という名のメカのキットは、火星人ファールが乗っているメカの名前だと認識していました。だって、キャノピーがあるんだもん。 だがしかーし!見よこのインストの最終コマの文言!「これで火星人ファールが出来ました!!」 つまり、この四本足アメンボ型水陸両用プロペラ走行カッコ足はピンポン玉カッコトジのメカそのものが、尾高産業社長の考えたファールなる火星人の姿そのものだったという事になります!(あー、頭のデカイ少年の事じゃなくてよかったー)
…と一見最大の謎が解けたような書き方になってしまいましたが、依然として「だから火星人ファールって何?機械型宇宙人?あのキャノピーは何?」という疑問は残り、これはまた永遠の謎に帰結してしまうのでありました。
火星人ファールって謎だらけのプラモデルだったのです。
「あの少年の絵って、前に写真で見た子供の頃のテルスター中尉に似てない?やっぱ火星人って…。」
「ニテナドイナイ。オマエノキオクケス。」
「きゃー。」
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上記画像提供:テルスター中尉、協力:プラモッタ氏でした。 |