昭和40年代初頭に花開いた日本オリジナルSFプラモデル(JOSFプラモデル)の最盛期、日本が生んだ世界の模型メーカー田宮模型もまた、自社オリジナルデザインのSFプラモデルにその足跡を残しました。
まずは1964年〜1965年にかけて発売されて大ヒットとなった同社の魚雷艇シリーズの船体を流用した「アタックファイブ」「スパークエイト」「ファイターナイン」を嚆矢とし、完全オリジナル設計とした本作「ジェットアロー」のSFボートシリーズ合わせて4種。そしてそれに続くスーパースペースシリーズ、宇宙探検車「アポロ1号」と、地球防衛軍「ジュピター2号」です。
古くはジェリー・アンダーソンの「スーパーカー」、後にジョー90シリーズの各種メカ等のキャラクター版権ものSFキットや、あるいは恐らくタミヤオリジナルと思われる発泡スチロールキット、高速スピード艇「ブルーバード2号」等、意外にタミヤが手掛けたSFキットは少なくないのですが、純粋にインジェクションのJOSFプラモデルというのはタミヤ60年の歴史の中でも僅かにこの6種類だけ(注1)でした。
※1:ミニ四駆もオリジナル空想メカと考えられなくもありませんが、JOSFというよりはミニ四駆はこれだけで「ミニ四駆」という特別な一ジャンルと考えられますので一旦除外します。
栄光あるタミヤのオリジナルSFシリーズは、魚雷艇船体の3種、スペースタンク2種ともに当時としては群を抜くセンスの良さで、群雄割拠する当時のJOSFプラモデルの中でも突出した人気を誇りましたが、このSF高速艇の第四弾である「ジェットアロー」は他の誰とも似ていないデザインセンスを持つ、異形のSFキットでした。
独断と偏向的私見で言ってみれば…。ハイセンスなミドリのSFメカにあって、どこもかしこも取って付けたような一体感の無い「スコーピオン」。堅実なSFメカ世界のデザインでは定評のあるイマイSFの中で、車体上部の穴から潰れたレーシングカーが無理矢理飛び出す感のあるSF戦車「スパイダーM2000」。あるいはシャープで独特なSF感を持つコグレのSFシリーズの中で「なんでこうしちゃったかなぁ」なメタボ感満載のSF高速艇「バンガード3号」…。当初「ジェットアロー」はそれらと同じ香りのする負のインプレッションがありました。
しかしあらためて「ジェットアロー」を見直した時、「強力なジェットエンジンを付けた高速肉迫艇というコンセプト」、「被弾面積を減らす極小サイズの船体を安定させるダブルアウトリガーという設計思想」、「現代のRPG装備の武装海賊に通じる、小型ミサイルという武装の選択」が融合して出来上がったスタイルだと説明が付きます。
現実世界の全ての兵器は結論としてのカッコ良さから出発しているのではありません。(注2)
用兵側の要求に応える為に、持てる技術と勘案すべき物理法則の相克の結果として様々な姿に結実した訳で、そういった意味では納得のいく理屈を積み重ねる思考実験が可能なレベルで、「ジェットアロー」はリアルな結論としての風貌を持っているといえるでしょう。
※2:そうは言っても、戦後ソ連軍の「無意味にシャープな航空機」や「必要以上に武骨なキャタピラ」は、もしかして見た目優先だったのかも。(笑)
そう、「ジェットアロー」は必ずしも荒唐無稽ではないのです。戦略爆撃機B−36「ピースメーカー」を援護すべく、爆弾層に収まるように設計されて醜い容姿になったXF−85その名も「ゴブリン」。強力無比な移動対戦車トーチカとして生まれた、小山のような戦車「ハンティングタイガー」。巨大戦艦群が「くろがねの城」として大艦巨砲を謳った時代に産声を上げ、貧相な容姿で戦の様相を大転換した航空母艦…。そういった理詰めの結果の兵器の姿というものが、この「ジェットアロー」には感じられないでしょうか。
それはある意味、浅薄(せんぱく)で無意味なSFチックデザインに走る当時のJOSFプラモデルに対する、田宮模型のアンチテーゼが具現化したデザインだったのかもしれません。
SFシリーズNO4「ジェットアロー」ボックスサイドの側面図 |
ボックスアートはカッコイイのですが、実はこのオマージュ作品を作ろうとする上で、ボックストップのイラストだけではキットの実像がイマイチ分かりにくいので、その側面形をご紹介致しましょう。
…と思ったものの、ボックス側面のサイドビューが、これがどーにもこーにもカッコ悪い。(笑)
何故?と思って調べてみると、実際のキットの船体の長さと高さの比がほぼ5:1なのに比べ、この図では1割以上も”ずん胴”に描かれているような気がします。果たしてその実態は?
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「ジェットアロー」のインスト、裏表。 |
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なので気分を変えてインストに目を向けてみましょう。という事で、B−5版裏表に印刷されたインストを並べてみました。田宮らしいカッチリとした描画で大変分かり易く組み立て手順が描かれていますね。
前三作のSF艇は母体である魚雷艇シリーズの遺伝子を受けて、本体内にモーター及び簡略化されたとはいえ電池ボックスを収納するやや複雑な機構だったのに比べて、最初から水中モーターだけを動力として設計された本艇は、非常に小ざっぱりした組み立て手順書となっています。
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パーツ全景です。 |
続いてサクサクとパーツ紹介です。
エンジンは各エンジンポッド左右、インテーク、噴射口、レーダー、レーダーカバーの6パーツからなる左右2セットで部品点数12個。 フロート(アウトリガー)左右各2パーツずつで4個。 そこに船体上下、ライトカバー、砲身、弾帯各2パーツで8個。他にキャノピー、尾翼、操舵ハンドル、ロケット砲基部、水中モーター取り付け部品各1パーツで5個。 プラスチック部品は合計29個。以上!…というシンプルさ。「これでいいんだよ、プラモデルは!」
因みに左端に見えているきたない紙は(失礼)表面の糊面をパラフィン紙でカバーされた裏返し印刷の耐水デカールです。
うーん、耐水デカールって糊が強力で、ずれて貼っても張り返しがきかないんだよねー。イマイのサブマリン707とか、子供の技量では一発で綺麗に貼るなんて不可能なので、何度泣かされた事か。
これもきっとうまくいかないんだろうなあ、還暦過ぎたのに。(笑)
…っていうか、経年劣化でそもそもダメになっている可能歳が高いかな?
そもそもバラバラのパーツだけじゃ、本当の形は分かりにくいなぁ。
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もしかしたら「ジェットアロー」のベストショット。 |
…という事で、作っちゃいました。
多分この「ジェットアロー」は再版がかかっていないので貴重なキットと言えますが、どうせお墓までは持って行けないプラモデル。機会があったらどんどん作っちゃいましょう。−閑話休題−
スパルタンな戦闘シーンを描いたボックスアートとは趣を変えた、ちょっと可愛らしい姿を現しましたね。
船体の基本設計が違うので当たり前ですが、こうして見ても兄貴分3作品とは全く違った異形のスタイルなのが良く分かります。皆さん参考になったかな?
因みに製作時間は、丁寧にヤスリ掛けをしても30分ほど。あらためて塗装をする為に、キャノピーなど一部は接着していません。
また、前部の赤外線ヘッドライトカバーは、一個無くしちゃったのでもう片方も付けていません。
さっき、上のパーツ写真撮るまではあったのにー! |
「ジェットアロー」を真上から見た所。 |
右の写真はトップビュー。
このアングルからだと結構スマートな感じもして、他に例を見ないユニークなデザインだと再認識させられます。
「ジェットアロー」を特徴付ける太い二つのアウトリガーもボリューミーで、段々カッコよく見えてきました。これがタミヤマジックか? |
「ジェットアロー」の完成品サイドビュー。 |
先程ボックスサイドの側面イラストが”ずん胴”に描かれている?と書きましたが、こうして完成品を真横から撮ってみると、何とやっぱりずん胴ではないか?!。
ある程度の船体の深さがないと浮力が足りない為でしょうか。
いや、アウトリガーもあるし、そもそも水中モーターって自分自身が「排水浮力」があるので、それほど追加浮力なしで水上を走れるはずなんですがねぇ。
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「ジェットアロー」のバックビュー。 |
今度は「ジェットアロー」の後ろからのショットです。ジェットエンジンのポッドとそれに付随するステレオレーダーのゴチャゴチャ感が、安価なプラモデルとは思えないメカニカルな雰囲気を醸し出しています。
レーダーの先に透明なレドームが付くという設計もとても洒落ていますよね。
これは同じ時期に発売されたゴム動力潜水艦シリーズの「グレイバック」のレギュラスミサイル格納庫のようで、とてもスマートです。
同じ時期に発売されたSF水ものプラモデルである、ナカムラの「ダボンゼX−1」が、前面に大型透明キャノピーを持つスタイルだったもののキット自体のその部分は梨地表現で胡麻化していたのに比べ、こうして透明パーツを奢る田宮模型の姿勢は、子供心に好感が持てたものです。
バックのベル・ヘリコプターも懐かしい「ファルコン」のパッケージ。 |
確かに「ジェットアロー」は独特の雰囲気を持つキットではありますが、キャラクターが強すぎて一般的なカッコよさという方向には、イメージを膨らませにくいかもしれません。そこでこれからは「ジェットアロー」に因んで、他のダブルアウトリガー船体のプラモデルも幾つか紹介していきましょう。
とはいえプラモデルの世界では、一見人気がありそうなこのダブルアウトリガーデザインのキットは、そう多くはありません。もしかしたら、昭和40年代に一般的になってきたエンジン式RCモーターボートの世界に於ける木製キットのほうが数が多かったかもしれません。
そんな中からまずは三共のジェットボート「ファルコン」です。
まごう事なきダブルアウトリガー船体のこのキット。イラストはプアな印象ですが、アングル的には「ジェットアロー」よりも分かり易くダブルアウトリガー船体を表現しています。こちらは純粋に競技艇あるいはレコードブレーカーのキットです。
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仮組した「ファルコン」の雄姿!
モーターライズに改造中の為、ダブルアウトリガー部分はペーパー掛けが済んでいます。 |
上は「ファルコン」の仮組写真。 ある意味ゴブリンを想像させる田宮の「ジェットアロー」に比べ、ストレートにスピード感あふれるカッコよさを追求したデザインですね。 どうやらそれなりの実艇資料を基に、三共のデザイナー(っていうか浅草の中小企業のおっさん社長)が、「どーだ、スマートでカッコイイだろーが!」と木型を削って作った感満載のキットです。 これはゼンマイ動力で走るキットですが、ゼンマイのワインドアップはおなじみの金属製「T字型」ゼンマイ巻きを使うのではなく、写真ではキャノピー後方に写っているレーダーを模した(取り外さない)パーツで行うという工夫がありました。 ただキャノピーの中はがらんどうで、ゼンマイが良く見えてしまいます。 ここはもうちょっと頑張って、操縦席の床と座席くらいは欲しかったところですが、ただ私はこのスマートな船体自体は大好きで、しっかり作り込みたいなぁと思っています。 この細長い船体を参考に、後部に二基のジェットエンジンポッドを付け、長大なロケット砲を装備すれば、新たな方向性の「俺ジェットアロー」が誕生するかもしれません。 |
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さてその次に控ェしは!と白波五人男風に登場するのは、文字通り激しく白波を蹴立てて疾走する、オリエンタルのロケットボート「ブルーバード号」です。
イラストそのものはおおらかなタッチで、昭和末期まで本屋さんの店先にあった黄色い「回転書架」で販売されていた幼児向け絵本のような懐かしい印象のものです。
余談ですがこのキットの現物は、傷の無いテカテカの最高のコンディションのもので、当時の「メーカー発送時」のミント状態を保っています。
パッケージイラストの後方には同型艇が並走していますが、現実問題としてロケット艇を集めてレースをするというシーンはイメージしにくいですね。ならばイラストは絵師さんのイメージ世界の産物として置いておくとして、ロケットボートというからには、速度記録挑戦艇でしょうか。
で、ダブルアウトリガー艇の「ブルーバード号」。…え、「ブルーバード号」?
もしかしたらここでピンと来た方もいらっしゃるかもしれません。
イギリスのレーサー ドナルド・キャンベルは、スピードレコードカー「ブルーバード」を駆って自動車のスピード記録に挑戦しましたが、1960年に大事故にあって負傷。しかしその後、尾翼を付けて安定性を増した改良型「ブルーバードCN−7」で挑戦を続け、1964年には時速690kmというスピード記録をものにします。
彼の愛車「ブルーバード」は、尾翼なしの前期型、尾翼ありの後期型ともに田宮模型から1960年代にリリースされました。
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その後彼は同じ「ブルーバード」の名を持つスピードレコードボートで水上速度記録に挑戦し、イギリスのコニストン湖で「ブルーバードK7」というモンスターマシンに乗って時速500kmの壁を超えました。しかし直後にコントロールを失って大破し、彼は艇とともに湖に沈んだのでした。(艇と彼の遺体は2001年に回収されました)
この写真がその時彼が乗っていた将に「ブルーバードK7」です。
キットの「ロケットエンジン」という設定と、実艇の「ブリストルジェットエンジン」という違いはありますが、これは最早「ブルーバードK7」こそがこのキットのモデルであると言っても良いでしょう。これに言及した資料は未見なので、もしかしたらこの事実(?)に言及したのはこの文章が初めてかもしれません。
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