青山御流の流祖は、園 基氏(その もとうじ)卿(1210-1282)。
 園家代々の人々は宮中で大納言、中納言、参議等の要職につく殿上人(てんじょうびと)でした。彼等は天皇の側近として雅の世界に生き、宮中行事・祭事・作法等を身近で体験し、その思想様式の精神と心を自らのものとし花の形に整えました。

 7代基秀(もとひで)卿(1368-1441)は後花園天皇から「諸公卿に至るまで花道を教授すべき」との命を受け、「青山」(せいざん)の名を賜ったと伝えられています。

 「園家御家流」(そのけおいえりゅう)、「活花園家御家御流」(いけはなそのけごけごりゅう)および「雲上の花」(うんじょうのはな)などと称されていた当流も江戸時代、『活花手引種前編』・『活花手引種後編』・『千瓶図式』・『活花早教諭』などの本が著され、優美で格調高い流として広く世に知られることとなったのです。

 現在、神に花を献ずる儀式を残し、28代園 楽山(その らくざん)家元のもと、日本文化の神髄を伝える唯一の流と言えます。
花/青山御流・撮影/小林庸浩・写真提供/家庭画報(世界文化社)
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