アラゴンの道から、「北の道」出発点のアビレスまで

2008年8月5日
成田からロンドンを経由し、Madridに夜22時に到着。 空港にあるバス停を深夜に出発し、三回バスを乗り継ぎ、ソンポルト峠に立った時、疲れを忘れるほどの美しい景色・・・。
それを愛でながらも、日が暮れるまでに、31km歩いてJacaまで行かなくてはならない。
慌てて山を下った末、私の左足は悲鳴を上げた。
それから6日間のアラゴンでの道の歩きは、足の痛みとの戦いだった。


この、さほど良くなることもなかった足を引きづりながら、6日目に目的地のプエンテ・ラ・レイナに着き、1泊した後、翌朝バスを乗り継ぎ(パンプローナ、ビルバオ)オビエドに辿り着いた。
オビエドから、今回の出発点のアビレスまでは、もう目と鼻の先。
それでも、今日からしばらくお別れの、日本から一緒にアラゴンの道を歩いたチアキちゃんと、ここで一泊することにした。
彼女は明日から、フランスの道を目指して進む。

『北の道』、『カミーノ・デル・ノルテ』は、一昨年(2005年)に一度歩いた道。
フランス国境のイルンから、てくてくと、長い道のりをサンティアゴまで歩いた。
たくさんの素敵な出会いもあったけれど、なぜかサンティアゴに着いた時、まだ歩き足りない気分だった。
この道を歩き通しての、充実感や、満足感がもの足りなかった。

この道は、ここ、オビエドあたりで二つの道に分かれる。 一つは、ここからずんずん山の方に入り、サンティアゴを目指す、『カミーノ・プリミティボ』。それはアルフォンソ2世が初めて巡礼をしたと言われる、由緒正しきザ・オリジナルな道。
山々の景色が美しく、最近急に人気になったコースで、ここ、オビエドから歩き始める人も多い。
もう一方は、更に海岸近くを歩いてから、内陸に入っていく、『ラ・コスタ』というコース。
二年前、このどちらかの道に進むべきか、これまでの人生の中でも、こんなに二者選択に悩んだことはなかったほど、悩んだ末、『プリミティボ』の道を歩いた。
私はいつも、行きたい方角が決まっていたから。
たとえ間違えでも、遠回りでも、その時進みたい道がはっきりしていた。
そして選んできた道を、振り返ることもなく、ただ、『正しかった』と思っていた。 しかし、この道を選んだあと、私はこの選択を、自分のこれまでの人生と照らし合わせて考えてしまう。 これまでの選択さえ、『正しかった』のか、自信が持てなくなってきた。

方向を決めたら、そちらに向かって潔く楽しめば良いものを、私は常に後悔をしていたのだ。 私はこの『プリミティボ』を歩く予定がなかったので、当初持っていた地図を送ってしまったのだった。 地図を持たないで歩くというのは、手探りで暗い山道を歩くようなものだった。
その日に通る町の名前も規模も、何もわからない。 どこに巡礼宿があるのか、今日はどこまで行くのか・・・・それをわからずに毎日歩くのは、恐怖でもあり、不自由なものだった。

さあ、やっとこの道に帰ってきたのだ。
この道を歩くために、二年ぶりに来たのだ。
前回、選ばなかった『ラ・コスタ』の道は、どんなものなのか。 どんな人が歩いているのか・・・。
地図も資料も用意は万端。 ただし、足の痛みと疲れは極みない。

8/12 Aviles / 326.6km to Soto de Luna / 285.7km
8/13 Cadavado 262.4km
8/14 Pinara /232.4km
8/15 Tol / 2048km

ここ、ソンポルトから、アラゴンの道は始まった。プ エンテ・ラ・レイナまで、161km。

山の上のアレスの巡礼宿に到着。

羊の群れに、行くてをはばまれる。

エウナテ教会。もうすぐプエンテ・ラ・レイナ。

8月12日  Aviles / 326.6km からSoto de Luna / 285.7km

朝8時半にレオンに向かうチアキちゃんを見送って、私も同じ時間に出るアビレス行きのバスに乗る。
アビレスまでは、15分おきに出ていて、30分で到着。
近くには、鉄道の駅もある。 地図を見て、カミーノ(巡礼路)を探す。 アビレスは、なかなか大きな街だった。

街の中心に公園があり、ここを私のスタート地点に決めた。
少し歩き、方向がわかったところで、Barに入って朝食を食べることにした。
感じの良いお姉さんが、『北の道』の記念すべき一個目のスタンプを押してくれた。 さあ、ここから歩き始めよう!

たった一人の孤独なスタートだった。
すでに巡礼者らしい人達もちらほら居る。
街外れに出ると、矢印を見失ったが、すぐに通りがかりの車から、男の人が顔を出して、「こっちじゃないよ。」と教えてくれる。
そして戻って歩き始めると、下方に海が見えてきた。
これだ!これ!『北の道』、特に海沿いをたくさん歩く『ラ・コスタ』の道ならではの楽しみだ。
そこですれちがったおじさんに、巡礼路は道が悪いから、舗装路を通っていきなさいと勧められた。 地図を道に書いて説明してくれる。
私としては、巡礼路を歩きたいとこだが、こだわりもない。
せっかくのおじさんの勧めに従って歩いていくと、道がわからなくなった。
当然矢印はない。
やっと、建築工事をしているおじさんをつかまえ、聞いてみると、親切にも、外まで出てきて道を教えてくれた。
しばらく行くと、犬を連れてジュースを飲みながら休んでいるお兄さんに会う。
挨拶をして進み、突き当たりの公園で休んでいると、さっきのお兄さんがきて、おしゃべりをする。
「何か困ったことがあったら、電話して!」
と、メモを渡される。
まだ歩き始めて5kmたというのに、親切な地元の人達。

ところで、今日は持っているガイドブック通 りに歩くと、41kmとあるのだ。
そこまで巡礼宿はない。
ただし、20km歩いた頃から、ホテルがあるので、とりあえずそこを目指すことにした。
しばらく歩くと、巡礼のカップルに出会った。
「今日はどこに泊まるの?」
「う〜ん、行ってみないとわからないわ。多分、20km地点のホテルがあるあたりかな。」
男性は、かなり色が黒い。そして愛想は悪い。女性はイタリアに住むスペイン人だと言う。

またしばらく行くと、別 のカップルに出会う。
「今日はどこに泊まるの?」
「25km行ったところに、ユースホステルがあるの。そこへ行くわ。」
ビットリア(バスク)出身のヴァネッサとホセ、感じの良いカップルだった。
朝、街中でみかけた二人だった。
しかし、彼らとはこの後、二度と会うことはなかった。

更に歩いて行くと、曲がり角のベンチで休んでいるカップルがいる。
先ほどの、色が黒い男性と、イタリアに住むスペイン人の女性。
私もベンチに座り休み、二人の写真を撮ると、男性が立ち上がり、今度は私と彼女の写 真を撮る。
その時の彼は、シャイだけど感じの良い笑顔を見せた。
マリアとヤセル。 ヤセルは、後で人に聞いた話によると、カリビアンだそうで、二人は結婚しているのだった。

途中、素敵な村があった。 広い川が見渡せる村。
向こうから女の子が歩きながら
「私たちの村は美しいの!」

ホテルがあるという、20km地点の村にやってきた。
海にも近い、観光客が多い村。 あてにしていたホテルは満員。
今日だけでなく、今週いっぱい満員だと言う。
そうか、今日はホステルがある村まで行くとしよう。
さっきの二人もいるはずだった。
教えてくれた村に着くなり、親切なおじさんが家から出てきて、
「水はいらんかね?」
と聞いてくれたので、ホステルの場所を聞いてみると、ここから更に5km歩くことになると言う。
一本道だから簡単だけど、そこまで出るにはどう行ったら良いか・・・
そばで聞いていた近所の子供二人が、その道を出るまで案内してくれると言う。
自転車に乗りながら、その子たちに付いていった。
「兄弟なの?」
「違うよ。」
と微笑んでいる。
道まで出ると、
「あとはこの道の突き当たりまで、ひたすら下っていけばいいんだよ。」
下りと言え、長くどこまでも終らない道。 結局30km歩いてしまった。

やっと着いた村は、海沿いの村。 一つホテルらしきものがあったが、今はやっていない。
そんなさびれた村の人々は黄昏れている。
この道の人達はいい人ばかりなんだけど、海沿いに限っては、ちょっと感じが違う。 観光でたくさんの人が来るせいか、すれている。
一昨年のことを思い出した。
この道の良さは、海を歩くことだが、海沿いにいる観光客も、地元民も、巡礼に感心がない。 何か寂しい思いをすることがあった。

何人かに聞きながら、村のどんづまりにホステルがあることがわかった。
よって、海に面した道を、更に延々と歩く。
Barだけはたくさんあるから、観光客は来るのだろう。
ホステルの前に立った時、何か異様な気配を感じた。 確かにみかけは大きなホステル。
でも、蜘蛛の巣がはっているような気配が漂う。
中に入ってすぐに異様さが増した。
薄暗い部屋のなかで、呻く声が聞こえる。
話しかけても、返事はない。 ここにいるのは、ホームレスか、または寝たきりの老人ばかりである。
ろくに話もできないような、ここのベッドで丸一日を過ごすだけの人々。
勇気を出して、更に上に行ってみたが、同じだった。
私はとにかくここから逃げるしかなかった。

近所のBarで聞いても、ここにはホテルもないし、タクシーも呼べないという。
途方にくれた。
ここから十数キロ行けばアルベルゲはあるけれど、今下って来た道を戻って、長い長い登りの末、更に行かねばならないのだ。
ここで泊まれると思っていた私は、どうしたら良いものか、考えあぐねて海岸沿いのBarの前に立ち尽くしていた。
そこに来たのはパトカーだった。
「ちょっとぉ〜、おまわりさん? ホテルに行きたいんだけど・・・」
「この先5km行った所にホテルはあるよ。」
「だったら、もう歩けないから、タクシー呼んで!」
かなり図々しいお願いだったけど、長身の男前のおまわりさんは、Barに入って、さっきはもらえなかったタクシーの電話番号を持ってきた。
そして携帯で電話して呼んでもらった。
「あと10分もしたら、ここにくるからね。」
そう言い残し去って行った。

私はほっとして、このbarに入り、とりあえずボカディージョ(サンドウィッチ)とビールを注文した。
「中身は何がいい?」
「チーズ。」
いろんなチーズがあるよと、産地の名前が次々出てくる。
「じゃ、ここ、アストゥリアスの!」
「すっごく強くて臭いんだよ。」
それを注文。 外でタクシーを待ちながらビールを飲んでいると、臭いチーズが入ったボカディージョが運ばれてきた。
半分持って帰れるように、ナイフと袋もくれた。
食べてみると、すごい!鼻につく何とも言えない腐った匂い。 かじれば舌がしびれる。
でも、ビールにあわなくもない。いや、ワインの方が合うだろう。
半分も食べないうちにタクシーがやってきた。

ところで、私の巡礼が始まって以来の歴史上、初めてのタクシーである。
普通なら、ありえない。
しかし、今日は順礼初日。ホテルがないんだからしょうがない。 9時過ぎから歩き始めて、30km歩いたんだから、いいじゃないか・・・と、わけのわからない理由をつけて、これを許すことにした。
ある意味、非常事態でもあった。

さて、さっきおまわりさんが言っていた村に行ったが、ホテルはどこも満員。
しかも、洒落たちょいと高級ホテルばかり。
巡礼者が泊まるような安宿はない。
それでも、今日はホテルに泊まるしかないのだ。 ドライバーのお兄さんは親切で、1軒1軒、ホテルに止まってくれる。
すでに聞くまでもなく、 『満室』 の札がかかっている。
「では、次の村に行くが、タクシー代はアップするがいいかい?」
しかたない。

こうやって、いくつかの村を通 る度、すべてのホテルに寄ってくれた親切なドライバーさんだったけど、結局どこも満室という結果 、元々の予定の41km地点の町まで行くことになってしまった。
ここなら、巡礼宿(アルベルゲ)はある。
しかしベッドがあるかはわからない。
町に着くと、今度はアルベルゲ探しに奮闘してくれるドライバーさん。
タクシー代は、距離によるもので固定されていたので、寄り道によって値上がりするようなことはなく、最初の契約通 り、この村までは26ユーロという明瞭な料金だった。

やっとみつけたアルベルゲで、私は降ろされた。
タクシーで到着なんてかっこわるい!
こそっと歩き出す。
写真で見た、平屋のいい感じの建築の巡礼宿。
中に入ると、親切な人が
「たぶん、ここのベッドは空いているわよ。」
やった!最後の一個が空いているとは、なんてラッキー!!
近くには、今日会ったカリビアンとスパニッシュのカップルもいる! (あれ?彼らがこんな早くいるなんて、絶対アヤしい!でも、お互いそこのとこは触れない)

となりのベッドの男性に挨拶。 まずはシャワーを浴びて、近所のスーパーで果物を買おう。
庭でさっきの残りのボカディージョと、買って来た果物を食べよう。
食べ終わった頃、一人の男性がやってきた。
「あのー、英語は喋れますか?」
「はい。」
「あのベッドなんだけど、あそこは僕が今日早く来て、取っておいたものなんだ。ずっとでかけていたけど・・・」
「はっ???!!!!!???」
急いでそのベッドに一緒に行く。
最後のベッドかと思ったら、最初にベッドが取れなかった人になってしまった。
なんだ!この落差は!!!
がっかりしていると、それを見ていたカリビアンのヤセルが、間髪入れずにこう言った。
「僕たちのベッドで3人で寝ればいいよ。」
それは、一昨年にユリアとオラヤという優しくてチャーミングな女性二人が、そうやって2度ほど私と寝てくれた方法である。
二つ並んだベッドを、横に三人並ぶのだった。
なんて優しい人なんだろう。
私は、たぶんだいじょうぶだと、ありがたい申し出の気持ちだけを受けた。

別の部屋に行くと、さっき挨拶した隣のベッドだった二人が食事の最中だった。
そこには大きな長いテーブルがあった。
そうだ!ここで寝よう。 ベッドみたいだし。
私はテーブルに座り、彼らとおしゃべりをした。
友達同士で、マドリード出身だと言う。 二人はメリダから『銀の道』を歩いたと言う。 そんな二人だったから、すぐに打ち解けて、『銀の道』の苦労話なんかが始まった。
「ねぇ、ねぇ、あの38kmのタパはどうした?ほら、ローマ時代のアルコ(門)があるあそこ!」
「僕たちのときは、暑くなかったから、行けたんだよ。」
そして紙パックに入ったサングリアを勧めてくれた。
二人の名前は、ヘスースとダビデだった。

間もなく、巡礼宿を管理する、世話係のおじさんが来た。 包容力があって、てきぱきとみんなに指示している。
「さっ、ここは寝室になるんだから、テーブルの上を片付けな!君はベッドがないんだね。そしたら、床にこの毛布を敷きなさい。ここに一人、こっちにも三人寝れるな。テーブルの陰にも一人分のスペースがある・・・」
いつの間にか、ベッドにあぶれた巡礼者が増えていた。
巡礼宿の入口に数人が寝て、私の部屋には、親子の二人と、一人の男が休むことになった。
私は窓際に場所を取り、親子は反対側の壁に二人並ぶ。
テーブルの陰には、男が一人。
親子は、『銀の道』沿いに住んでいる。そこからオビエドまでやってきて、二人で自転車で巡礼している。
お父さんは、愛情に溢れた人で、息子に対しても、回りの人に対しても、気をつかってくれる。
二人で一枚の毛布を敷いているので、余っている毛布を渡したが、だいじょうぶだと言って受け取らない。
私はそれをさらに敷いて、フカフカのベッドにしちゃったけど。
そして、私には何かあるごとに、チョコレートをくれる。
お礼に、日本から持ってきたホタテ貝をあげた。
息子は13歳。お父さんに似て、がっしりしているが、顔も中身もまだ子供。 受け答えがかわいらしい。
一方、テーブルの陰で寝る男。
こちらは大人しくしているが、ふと見ると、おもしろい仕草。
赤い高級な(!)マットを持参している。
よくある巻物のマットと違い、少し空気が入る憧れのマット。
彼は、この日初めて使うと見えて、使い方がわからないらしい。
説明書を見たり、空気を口がら入れてみては、変な顔をしている。
その仕草が、なんか動物園の珍獣を見ている気分にさせられたが、私はこのかわいい親子とのコミュニケーションに力を入れていたので、一言も言葉を交わさなかった。 しかし、この彼が、数日後から、ずっと一緒に歩く仲間になるとは、その時は予感さえなかったのであった。 こうして、私の巡礼の第一日目は終った。

8/13 Cadavado 262.4km

みんな朝早く巡礼宿を出ていった。
初日から疲れきって、起きる気がしない。
しかし巡礼は本格的に始まったのだ。ぬくぬくとはしていられない。
自転車の親子も、マットの男もまだ寝ていた。
自転車組は、通常出発が遅いのだ。
支度をしていると、親子も起き出してきた。
外に出て、巡礼路の方向を探す。
なにしろ昨日、ここまで歩いてきていないので、わからないのである。
きょろきょろしていると、見たことがあるおじさんにでく合わす。
昨日の夕方巡礼宿に来た、近所の世話役のおじさんじゃないか。
おじさんは、ボランティアで巡礼たちの世話を焼く。
オスピタレイロと呼ばれている。
おじさんに、しっかり道を確認して歩き出した。

ゆっくり歩いているのに、後ろから巡礼者が来る気配もない。 あの親子がそろそろ来てもいい頃なのに。
そのうち後ろからやってきたのは、やはり自転車の親子であった。
息子の名前はルーベンと言う。
わざわざ止まってくれた。 そしてお父さんは、また私にチョコレートをくれる。
朝食のBarまではまだ距離がある。これを食べよう。
二人はゆっくりと自転車をこぎ出す。
もう二度とすれ違うこともないはずだ。

歩いて行くと、道しるべが見えた。
迷わずその示す方向である、左の山道へ・・・・。
しばらく歩いても、矢印がない。
なんだか人が歩く気配のない道だと直感した。
「ん???これはもしかして・・・・・?????!」
地図を見ると、そう、ここから『勇者のコース』に入ってしまったのだ。
きのう、ヘスースとダビデとの会話にも出た道。
「明日は舗装路ばかりだよね。」
「うん、そうだよ。」
地図をみながら...
「『勇者のコース』はあるけどね・・・・!」
この『勇者のコース』は特別な道。
いくら強者でも、多分歩かないような、矢印もなければ、地図もない。
一歩間違えたら、ひたすら山の奥へ奥へと入ってしまいかねない道なのだ。
持っている地図の上でも、この道に入る点線は書いてあっても、すぐに途切れている。その先は、二度と戻ってこれないような、何年も放っておかれた道なのだ。
おそろしい!
危うくすごい道に入るところだった。
さっさと引き返すことにした。
さっきの道しるべまで戻って、再びそれを見ると、なるほど、二つの矢印(貝のマーク)があったのである。
そして更に良く見たら、素敵な杖が二本並んで立てかけてあるではないか。
これはどう見ても、私へのプレゼントにしか見えない。
迷うことなく、二本の杖を、ここからお伴にすることにした。
杖と言っても、棒切れである。誰かがここで捨てたか、置いていったのだろう。

やっとBarがあった。 中に入ると、二人の巡礼者が朝食を食べていた。
二人とも、バルセロナから来たという。
一人は一度フランスの道を自転車で行ったことがあり、もう一人は初めてだという。 とても感じの良い男性二人で、私もコーヒーを持って同じテーブルに座った。
そこへもう一組、女性二人がやってきた。 アンダルシアから来た年配の二人は、一見して巡礼者のようには見えない。 この二人は巡礼宿には泊まらないようだ。

しばらく歩くと、小腹が空いてきた。 どこかでみかけた巡礼者たちがいる。
その4人は、地元の観光客のファミリーと一緒になってbarのテーブルを囲んでいた。 私は疲れきっていたので、輪の中には入らず、あいさつだけにして、近くのテーブルでお昼ごはんを食べていた。
4人組は、女性が一人、その女性は英語を話しているので、外人の巡礼者が交じっているようだったが、女性の声しか聞こえない。

さらに進み、Santa Marina村で休んでいると、さっきの四人組が来た。
今度は自己紹介をした。
女性はヨランダ、Madrid出身。ペラはバルセロナ出身。ウリはドイツ人、マヌエルはイタリア人。

先に歩き出して進んでいると、さっきの4人組に追い越された。
足が長い人ばかりだ。
遠目で見ていると、何やら短い相談の後、ドイツ人のウリだけが、舗装路を続行して歩いていくが、他の三人は、右に入る田舎道に行く。
その地点に行ってみると、確かに右に行く道標が立っていた。
よし、私も田舎道を行こう。
道はかなり急な下り。
そしてどこまでもどこまでも下っていく。
ありゃあ、こんなに下っちゃって、後が恐ろしい。

転がるように下った末、素晴らしい青い海が目に入ってきた。
まぶしいほどの美しいブルー。
先に歩いていった三人も、黙って海を見ていた。
この人達は、けっこうもの静かな人達のようだった。
私は近くに座り、しばらく海に見とれていた。
しかし、この先に道はない。 どうするの???
「この後道はどうなるの?」
ヨランダが答える。
「この手前に橋があって、そこを渡るはずだったのに、ないのよ、その橋が。引き返して、もし見つからなければ、上の道まで戻るしかないわね。」
ひぇ〜〜〜〜っ!
橋なんかなかったよー。
しかし上まで戻るなんて、あり得ない。すごく長い坂だったのだから。

私を含めた4人は、さらにしばらく呆然と海をみつめるしかなかった。
この時、ヨランダはあと3日ほどでMadridへ帰ると言っていた。 マヌエルは、裸足になってマメが出来た足の治療をし、サンダルに履き替えた。
さあ、立ち上がろう! 私も地図を見てみた。
確かに海のそばに橋があって、そこを渡ると書いてある。
降りてきた時に、それらしきものはなかった。
ペラを先頭に歩いていくと、すぐにペラが道を曲がった。 様子を見に行くと、
「橋があるよ!」
やはり橋なんてない。
でも、道らしきものがあった。
そして向こう側から上り道があったのだ。
この登りもキツかった。 急なもので、息が切れる。
とうとう三人から離れてしまった。
元の道まで戻る必要がなかったのは良かった。
でも、あのドイツ人は頭がいい!

心細く歩いていると、三人が私を心配そうに待っていた。
そこには一見普通の住宅にしか見えないが、よろず屋があったのだ。
そこで三人はボカディージョを注文していた。
私は桃を一つ買おうとすると、おばちゃんはこう言った。
「これは私からのプレゼントだよ。」
そしてジュースを買い、トイレを借りた。
私はボカディージョを食べる三人を置いて手を振って出発。
今日はあと、6.3kmだった。
しかし、4km歩いてまた三人に追い越された。

目的の村に着くと、一目散に巡礼宿に向かう。
今日こそベッドに寝たいものだ。
巡礼宿の手前にBARがあった。
そのBARのテーブルに座っていた、一人の見覚えがある巡礼者が声をかけてきた。
私がキョトンとしていたため
「あれ?僕のことわからない?じゃ、こうしたらどうかな?」
つけていたサングラスを、普通の眼鏡に換えた。
あの険しい海へ向かう道に、一人だけ行かなかった4人組の中のドイツ人だった。
「僕はなんとか一つだけマットがあったんだけど、他の三人がないので、どうするか待っているんだ。三人は、アルベルゲに荷物を置いた後、他の場所を探しに行ったので、待っているんだよ。」
もうすでにマットさえないこともわかった。

私はとにかく巡礼宿へ行ってみることにした。
そこは小さな一軒家で、二階が巡礼宿になっており、四人部屋(二段ベッドが二つ)が二部屋あり、小さなキッチンがあった。
ベッドは合計8つ。マットレスは限定5名様までだった。
すでに、ヘスースとダビデでさえ、マットの上に座っている。
小さいスペースにマットを敷き詰めているものだから、足の踏み場さえない。
もぉ〜、ありえないよぉ。
最近人気の『北の道』なんだから、もっとベッドを用意してくれなきゃ!!!
私はキッチンにあったテーブルの下しかスペースを見つけられない。
一つだけマットがまだ立てかけてあるが、名前を書いたメモが安全ピンでつけられている。
もしかしたら、さっき会ったドイツ人のウリのものかもしれない。
あまりに疲れていたので、とりあえずシャワーに入いることにした。
シャワーもトイレも洗面も、全員で一カ所しかない。
いつもなら、シャワーを浴びれば疲れも取れる。
しかし、アラゴンの道を歩いた後、丸一日かけて移動し、昨日は朝から歩き出した。 そして一日目からベッドがなかったのだ。 なんだか先が思いやられた。

こんなことがまだまだ続くのだろうか???!

私はテーブルの上にあった紙を見て考えた。
そこには、部屋を貸すと書いてある。
今日はもういやだ!ここに泊まろう。
マットに座っていたダビデに頼んで電話してもらった。
「30ユーロだけどいい?」
「うん、いい。」
こんなことなら、そっちでゆっくりシャワーに入って、洗濯すればよかったのに!
ヘスース、ダビデの隣に、マリアという若い女性がいた。 この彼女とは、このときはほとんど言葉を交わさなかったが、後でとても仲良しになる。

荷物をまとめて巡礼宿を出た。 予約した宿まで300メートル。
そこは町の中心だ。
外に出てすぐに、背が高い、ベルギー人の女性が声をかけてきた。
立ち話でいろいろ話した。
「なんかみんな、ベッドをとるために朝早く出ちゃって、休憩もろくにしないで、景色も見ずに歩いているのよ。私は今日もゆっくり来て、まさかあると思っていなかったベッドが取れたのよ。今まで、教会とかいろんな床で寝たわ。」
彼女が歩いてきた道を、一昨年私も歩いたのだから知っている。
その時は、まだそこまで悪くなかった。
あ〜〜〜っ、足の調子さえ良ければまだしも!こんな動けない足なんだから、この先真っ暗。
まだ巡礼二日目である。

彼女と別れて先を進むと、また見知らぬ 巡礼が声をかけてきた。
彼はスーパーの袋を持っているから、すでにベッドを確保しているのだ。
「あっ、君、『銀の道』を歩いたんだってね!」
まだ、ダビデたちくらいにしか話してなかった気がするけど、この『銀の道』を歩いたってことは、かなりの自慢なので
「そーだよ!」
「どうだった?どの道が一番いい?」
「それぞれ与えられるメッセージは違うの。『フランスの道』は、毎日が幸せだと思える道。『銀の道』は毎日薄茶色の草原。ちっともきれいじゃないよ。『北の道』は緑も海もあるし、ほんとにきれい!でも、私は『銀の道』が一番好きなんだよ!」
『銀の道』の話になると、どうしても話に力が入る。
彼はヘスースといい、ビルバオの自宅から歩いてきた。
なんか包容力のある、いいおじさん(39歳)に見えたので、いきなり 「電話番号教えて!」 見込んだ人には、初対面でも電話番号を聞いちゃう。
明日巡礼宿にこの人は早く着くだろうから、宿の情報を聞くことにしようか。

そこへ一台の車がやってきた。
巡礼宿を管理する、世話人のおばちゃんだ。
これから巡礼宿に行って、巡礼証にスタンプを押したり、お金を集金するのだ。
私は運転中のおばちゃんを、端に止めさせて、スタンプを押してもらう。
するとおばちゃんは、
「ルアルカで巡礼宿のボランティアを探しているんだけど、15日間、やらない?」 「いいかも、それ!」
こんなつらい巡礼をやるよりも、明日から15日間歩かず、ルアルカの海のそばの楽しい巡礼宿で休暇を過ごすのも悪くないぞ!
おばちゃんにそこでの条件を聞くと、とても恵まれている。
なにがしかのお金さえもらえるという。
おばちゃんも、こんなに好条件のところはないよという。
すぐには答えられず、おばちゃんの電話番号を聞いた。
おばちゃんは、このあたりの巡礼のボスらしかった。
またまた道草をした。

三人に会ったお陰で、すでに40分かかっている。
リュックを背負ったまま立ち話。
疲れているからあえて宿をとったのに。
でも、今夜ベッドで寝られると思うと、元気が出るものである。
やっと、村の中心に来て、行くべき宿はどこかキョロキョロしていると、向こうから4人組がやってきた。
「どこに行くの?」
「ベッドがないから、今日はホテルに泊まるの。」
するとドイツ人が、
「じゃ、あのマットを彼女にあげられるって言おうよ。・・・・・あのね、僕たち4人で宿を取ったんだ。だから僕が取ったマットレスを君にあげるよ。」
えっ???????!
私はマットさえあるならそれで充分だった。
むしろ巡礼宿のギシギシの二段ベッドより、ずっとよく眠れることが多いから。
そして巡礼の楽しみは、仲間達と共にいること。
「わっ!ありがとーーーーー〜〜〜〜」
涙を流さんばかりの感激。
しかも、あのドイツ人がそんな親切なことを!
私はどうも、ドイツ人が苦手。
鼻持ちならない態度がどうしてもひっかかるのだ。
過去に大切な一人の同級生と先生がドイツ人であることは事実だけれど。
ここでウリが、純粋にいい人だって理解でき、同時にドイツ人の株を上げた。
その上ウリは、私のリュックも持ってくれた。 靴も入っているので、いつもより重いのだが、
「ずいぶん重いねぇ。これ、少し送っちゃった方がいいよ。」
私もそう思う。明日送ろう。

またてくてく来た道を戻る。
ヨランダ、ペラ、ウリにアドレスが書かれた私のシールを渡した。
『北の道』で初めてこれを渡した相手になった。
マットレスを、ベッドのある一部屋の片隅に敷いてみたら、独立した感じの良いスペースになった。私のお城だ。
早速ダビデに報告し、さっきのホテルに電話をしてキャンセルしてもらった。
さらに人は増え、庭には幾つかテントが張られている。テントもなく、野宿を覚悟する人もいる。

お城に行くと、隣のベッドはさっき会った、ヘスースおじさんの場所。
他の二人はフランス人。
一人は、昨日私がベッドを取っちゃった人。あいつだ!
でも、今日は仲良く楽しくおしゃべり。
いつまでもこの部屋だけは笑いが耐えない。
ヘスースおじさんの上の段は、今日会ったバルセロナから来た感じがいいお兄さん。 一人でホテルに行くより、やっぱりここの方がずっといい!

シャワーのドアの前には列が出来ている。 そこにトイレもあるので、シャワーを浴びるために待っている人は
「ちょっとだけトイレに先に行かせて!」
とみんなに言われ、なかなか入れない。もう10時になるというのに。
不満げな顔をしていたこの人は、後でよく顔を合わせるようになるイタリア人のマックス君だった。
この夜、私は数日分の疲れも飛ぶように、ぐっすりと眠ることができた。

8/14 Pinara /232.4km

まだ真っ暗な5時から、フランス人の二人は起き出して、静かに出て行った。
私も今日は真面目にやるか!
と、ゴソゴソし出したら、ヘスースおじさんも準備を始めた。
私は一人で暗い中、アルベルゲを後にした。

後ろからはいつまでたっても誰も来ない。
それも寂しいものだ。
こうなったら、朝食を食べながら、様子をみるか・・・・。
ただし、Barはない。
ベンチに座って、ヨーグルトを食べ始めると、ヘスースおじさんがやってきた。
私もすぐ後を付いて歩き出すと、おじさんは、わかりにくい道を教えてくれながら去っていった。

大きな車道の分かれ道というのは、けっこう難しい。
いや、今日はなかなか矢印がみつけにくい。数が少ないのだ。
こういう時は、集中力が必要だった。
歩いていると、どのくらいの間隔で道しるべがあるものか、その土地の性格がわかってくる。
そのカンを頼りに、このあたりでは矢印が少ないのはおかしいから戻ろうとか、このまままっすぐ行けばいいなど、感じるのである。
一人で歩く楽しみは、こういう日に特に感じられる。
まるでゲームをしているようだ。
そして今日の道しるべは、
「とても静かにひっそりと佇んでいる・・・」
といった風情なのである。
目立つことなく、自己主張することなく、景色に同化しつつ、でも、静かに存在している。
そんな矢印を見つけた時の喜びは、何倍にもなる。
歩いても歩いても道しるべは出てこない。
あきらめかけたその時、必ずそこに姿を現す。
不思議な一日だった。

Barでコーヒーと栄養たっぷりのクッキー。
今日は16kmほど歩くとルアルカという港町に入る。
昨日オスピタレイラのおばちゃんが言ってたアルベルゲがある地でもあり、2004年に巡礼の後、観光でわざわざサンティアゴからバスで遊びに行った場所である。
ガイドブックによると、ここに泊まるようなことになっているが、これは短すぎるし、以前も一泊しているのだから、通 り過ぎて先に行くことにしよう。
ただしここでは郵便局へ行こう!!!
ルアルカの町には、山の上から下って行くから、港全体を見渡しながら徐々に入っていく。
青い海に浮かぶ船、屋根瓦。全てが一体となり、美しい町だ。
目指すは郵便局。
スペインの田舎には、ポストはあるが、せいぜい切手を売るような店しかない。 到着した町にタイミングの良い時間に、郵便局に行くのは、なかなか容易なことではないのだ。
昨日、ドイツ人のウリが言ってくれたことに、従うとこにした。
今日ほど格好の日はない。
足が膨れて靴が履けなくなった以上もう靴は要らない。予備に持ってきた石けん類や服なども少し箱に詰める。
サンティアゴのポストオフィス留めで送った。
これで足の負担も益々軽くなる。

見覚えある町だから、一休みしていこう。
Barで、朝ご飯(三度目?!)。スペインオムレツとコーヒー。
今日はお祭りでもあるのか、賑やかだった。
そうそう、四年前もお祭りだったから、宿を探すのが大変だった。
こんな町の巡礼宿に半月居るのも悪くない。

しかしすでに荷物はサンティアゴへ送り出したのだ。
ここに留まる気は全くなかった。
私の心は、もちろん今年も歩いてサンティアゴへ。

街に入るために山を下ってきたのだから、今度は当然、登ることがお約束。
町の喧噪とは裏腹に、とても静かな道になった。
相変わらず、静かに佇む道しるべ。
途中で、昨日初めて会った、イタリア人のマックスたちの四人衆に、追いついたり追いつかれたり・・・・。

最後は私が先に巡礼宿に辿り着いた。
入口のベンチには、何人かが座っていた。 その中に、すっかり顔見知りになったダビデとヘスースがいた。 その隣に座って、私たちの会話を聞いて大笑いしていたのが、マリアだったかもしれない。
私は真っ先に
「ベッドある???」
「あるよ!」
「やったー!」
部屋に入ると、まだ7~8人分ほどのベッドが空いている。
ただし、二段ベッドの上段ばかりではあるが。 私は奥のベッドを取った。
隣はヘスースとダビデが上下で取っている。
いまや、この二人が頼りだった。
『銀の道』を歩いているという共通点は、それだけで信頼できるものだった。
二人とも、もの静か。ダビデの方が冗談も言うし、社交的かもしれない。
ヘスースの方は、とてもきれいな顔をしていて、しずか〜にしている。
とっつきにくいが、控えめだけど、優しい人だった。

ダビデが言った。
「明日で歩くのは終わりなんだ。明後日にはMadridに帰らなければならないんだ。」 せっかくいい友達になれそうだったのに・・・。
頼りにしていたのに・・・。

疲れていたので、早々とベッドの上に登ってしまった私は下に降りるのがめんどくさい。
でも、やり残したことがあった。
充電した二つのコンセントを抜いてこなければならない。
「ダビデ、女子トイレなんだけど、充電している携帯と、電池を持って来て!」
すぐに取ってきてくれたやさしいダビデだった・・・・・。
通りがかったヘスースに、
「ヘスースも明後日帰っちゃうの?」
「いや、僕はサンティアゴまで行くよ。」
良かった!

大雨が降って来た。 巡礼宿の中に、雨水が入ってくる。
すごい音。
ぬれながらやってきたのは、マックスたち四人衆。
彼らのベッドはまだあるし、4人まとまった場所があるはずなのに、なぜかマックスが、一人離れて私の隣のベッドを取った。
しかも、この二つのベッドはくっついていて、ベッドに柵はない。
マックスがベッドにやってきた。
なぜマックスと呼ばれているかと言うと、彼は巨大なのである。
体も顔も、全てのパーツが巨大。
なぜか、おでこはへこんでいる。
マックスの四人衆の取り合わせは、 イケメンスペイン人とドイツ人ソフィのカップル、スペイン人女性とイタリア人のマックス。
どこで知り合ったのか、気が合うようで、いつも一緒に歩いていた。
あとでマリアが言うには 「あのグループは、ほんとに変な組み合わせなのよ。見かけからして、ぜんぜんチグハグなの。」
その通り。

ところで、マックスがベッドに上がると、ゆらゆら大きく私の方にさえ振動が響く。 下段はフランス人のおじいちゃんとおばあちゃん。
私たちは一応、ここで初めて挨拶することになる。
マックスが大きな手を出してきた。まずは握手から。
「ハーイ、マックスです。よろしく!」
「はい、よろしく。あのー、私、高所恐怖症で、ベッドに手すりがないんで、真ん中に寄って寝るから・・・ヨロシク!」
となりでダビデとヘスースが大笑いしている。
さらに、マックスのグループも大笑い。
この、マックスのグループの笑いには別の意味があった。
なぜ、マックスだけが遠く離れたベッドになったか。
それは、彼のイビキがうるさいからだった。
その日は、下段の二人もすごいイビキ。
ありえない。こんなの。
ベッドよりも、静かな場所が欲しい!!

8/15 Tol / 2048km

となりのベッドのダビデとヘスースは、朝早くからごそごそ支度を始めた。
一睡もできずに今日も歩くのか・・・と、二人が部屋から出ていくのを見ていた。 仕方ない。起きるとするか。
すっかり支度をして出ると、まだ入口のベンチで、朝食を食べているダビデとヘスースがいた。
テーブルいっぱいに食料を広げて。
「一緒に食べない?」
誘ってくれるのはありがたいが、早朝はまだお腹が空かないから、遠慮した。
「今日の朝の『道』はどんな感じなの?」
「最初はね、矢印とは逆に進み(矢印は巡礼宿への道しるべなのので)教会を抜けたら、線路の下をくぐるんだ。その後、壁にほたて貝が書いてあるから、そこからはそれに従って進むんだ。」
この暗い朝のうちに、スムーズに進めるかが一つのキーポイントなのだ。
さすがに私が見込んだ(?!)巡礼者は違う。 ちゃんと下調べをしていた。

全てが、彼らが言う通 りだった。
しかし、そのうち道はとんでもない田舎道になり、昨日降った雨のせいで、ぬかるんでいて、暗いからよけいに歩きにくく、2度程足がぬ かるみにハマってしまう。
サンダルだとここがツライ。
どうか今後雨が降りませんように。
ソックスを履いているので、ぬかるみの泥がそのまましみる。
それが気持ち悪いのだ。
裸足で履くことも可能だが、長時間となると、マメが出来る恐れがある。
その気持ち悪い足のまま、今度は小さい川に出た。 これを渡るのだろう。
渡ったところで見回した。
この先に矢印はない。
道らしきものはある。 ここへ行くべきか・・・・・?

悩みながら立ち止まっていると、しげみの向こうから声がした。
「誰かいますかー?」
「はい、いますよー。」
ベルギー人の女性だった。 彼女は川へ出る道さえわからない。
やっと私の声がする方へ出てきた。
二人一緒なら、あの道へ入ってみよう。
そしてその先に、果たして・・・・・、道しるべが、静かに佇んでいるのであった。

出発して5km。 Naviaという町に着いた。
ここでは、まず最初に、足を洗う場所を探した。
町の中に、格好のベンチがあった。
すぐそばに、理想の水場もある。
サンダルを脱ぎ、靴下も一緒に洗った。
ゴム草履に履き替えて、さっぱりして近くのBarに行く。

朝食を食べながら、サンダルを乾かそう。
カウンターに座ると、目の前に、出来たての不揃いの手作りドーナッツが山積みされてある。
これはおいしそう!
きれいなお姉さんが切り盛りしていた。

さあ、足元もさっぱりして、朝食も食べて、出発だ。
しばらく歩き、夕べの雨で、室内では乾かなかった洗濯物やサンダルを干しながら休んでいると、マックス四人衆が通 りがかった。
ほんとにでこぼこ四人組。
ドイツ人のソフィは、みかけもとても落ち着いていて、真面目な感じ。
マックスと、もう一人のスペイン人の女性はカップルではない。 それぞれの音楽を聴きながら歩いているけど、くっついて離れることはない。
私もそろそろ音楽を聴きながら歩こうかな。

なんだかとても楽しい景色。
緑がとても美しいのだ。
輝く草原は、微妙なグラデーションで、写真では表現できない。
自分で地図や道しるべを頼りに歩くのは、本当に楽しい。
思えば二年前のこの『北の道』で、私が一番不安であり、不満であったのは、この自由さがなかったことだった。
地図を持っていなかった私は、仲間に常にくっついていくよりなかった。
そんな歩きは、息苦しく、ストレスになった。
今、こうして自由を満喫し、自分のカンを頼りに歩くこの時こそ、美しい自然と、そしてこの「道」と一体になれる気がした。

家の前に車が駐車してあり、音楽が流れている。
その音楽に合わせて、ノリノリのおばちゃん。
洗車をしながら歌って踊って。
挨拶をすると、腰を振りながら答えてくれた。
こんな風に、道を進みながらも沿道に住む人達が明るく優しい。
たくさんの笑顔に後押しされながら、歩いていく。

今日だけ道が二つに分かれる。
昨日のみんなの話では、町が美しいTapiaに行くらしい。
こちらにも巡礼宿がある。
分かれ道で、ダビデとヘスースに電話をしてみた。 どちらに行くか、確認をしようと思って。
ところが二人とも電話に出ない。 どうしようか・・・。
Tapiaの方が手前にあるけれど、その分、明日の歩きが長くなる。
私の今の足の具合を考えたら、やっぱりTolへ行こう。
翌日はRibadeoの渡れない橋を制覇しなければならないのだ。
昨日の巡礼宿で入った情報によると、橋の手前でタクシーに乗るのだとか・・・。 橋は工事中で、徒歩では渡ることができない。どのように渡れるのか、疑問があった。
また、この橋を渡るだけで、時間もかかりそうだった。

しばらく歩いたところで、ダビデから電話が入った。
二人はやはりTapiaに行っていた。
「ダビデ、明日はどこまで行って帰るの?」
「そこを今考えているところなんだ。」

やっと、Tol の村に到着。 巡礼宿は村の出口にあった。
到着するやいなや、入口のテーブルで座っていた少女がスペイン語でこう言った。 「やっと巡礼さんが来たわ。」
安堵の表情とため息。
近くには馬がいる。
「前も巡礼宿に一人きりで泊まったことがあるの。今日は良かったわ。」
ここには彼女しか来ていなかった。
いや、彼女以外に居たのは、馬だった!
上手だけれど、訛ったスペイン語を話す彼女は風貌から見てもドイツ人。
「今日は祝日で、村で一軒のお店がお休みなのよ。あとでなんとか村の人に食事を作ってもらうように頼んでみましょう。」
私もこの一軒あるという店をアテにしていた。

そして中に入ると、立派な鞍が置いてある。
「そうなの。馬で巡礼しているのよ。13歳からの夢だったの。今は20歳。今日は馬が川を渡れなくて困ったの。だから15kmしか進めなかった。」
13歳からの夢とは言え、叶ってしまうのだからすごい。 ドイツからビルバオまで友人の車で馬と来て、そこから馬との巡礼が始まった。
目的地に到着したら、まず、鞍をはずし、ブラシで体を洗い、水をやり、そして彼が食事ができる条件に合う場所を探す。 たいていは農家にお願いして、一泊置かせてもらう。 それだけに3時間。 朝も準備に3時間かかるという。
これは楽なものではない。

「ねぇ、いいことを思いついたの。もし、食べるものがなかったら、ピザをデリバリーしてもらえばいいわ。」
えっ?そんなの50km先にさえ、ないんじゃないの? とは言わず、
「そうね。」
とだけ言っておいた。 シャワーを浴びて洗濯も済ませると、
「今、村の人に相談したら、お店が特別に開けて待っていてくれて、そこまで車で連れていってくれるというから、急いで!」
歩くと5分。でも疲れているから助かる! 大急ぎで車に乗り込み、閉まっている店の中へ。
中は何でも売っているヨロズ屋さんだった。
思いついたものを手当たり次第買う。
「冷たいビール、ありますか?」
奥から二本缶ビールが出てきた。
あ〜っ、こんなものが飲めるなんて!
帰りは歩いて戻る。

入口のテーブルに買ったものを並べた。
それを食べながら
「今、この馬は水を怖がっているから、明日のRibadeoに行く橋は渡れないので、別 の道を行こうと思うの。」
そう言って、地図を見せてくれた。
私は明日、いったいどうやって橋を渡るのだろうか? タクシーでって言ったって、どこで拾えばいいのだろう。

「馬のお腹を見て!怪我をしているのよ。将来は獣医さんになりたいの。学校は嫌いだけど・・・。」 ドイツでは、高校で英語の他に外国語を勉強するらしいが、今まで会ったドイツ人の中で、彼女のスペイン語が一番上手。
夢を叶えるために、一生懸命勉強したのだろう。
か細い体、やさしい喋り方だけれど、馬を守るために頑張る彼女はけなげであり、しっかりしていた。
「アドレスを書くから、写真を送ってね。『ファビーと馬』って書いておけば忘れないわね!」

巡礼宿の中は、一階に、男女それぞれのシャワールームとトイレ、そして大きなテーブルと椅子。
二階は二部屋あって、ずらりと二段ベッドが並んでいる。
「昨日は眠れなかったから、今日は早く寝るね。私はここに寝るけど...あなたはどこに寝る?」
と言いながら、一番手近にあったベッドの下段を指差した。
彼女は部屋を見回した。 どこでも好き放題、ベッドはいくらでもある。
そして彼女はこう言った。
「あなたの上の段にするわ。」
どひゃ〜〜〜っ!心の中でひっくり返った。
なぜ?なぜ?なぜなんだ〜?
こんなにいっぱいベッドがあるのに、何で私の上なの〜?

彼女は友人にはがきを書くと言って、下の部屋で書いて、遅く戻ってきた。
そして、いくらか細い彼女でも、ベッドに乗るときは、グラグラ揺れる。
あ〜〜〜っ、どうして?どうしてドイツ人はこう無神経なの?
ドイツ人に対する私の偏見がどっと流れ出る。
この無邪気なドイツ人に悪気なんて一つもない。
むしろ私を慕ってくれるかわいいコ。
なのに!なのに!
実は一昨年のこの道でも、ドイツ人には悩まされた。
平気で 「ホリデーで来ているだけ、サンティアゴに行くことなんて興味ないし、一日10km~15km歩けばいいのよ。何でホリデーにそんなに苦しい思いをしなくちゃいけないの?」

眠れずに考える。 無邪気で無神経。 これが、ドイツ人を理解するためのキーなのではないかと。 彼らは無邪気なのだ。
その無邪気さの種類が私と合わないのだけど、悪気はないのだ。
でも、もう少し想像力ってものを持ってもいいのではないか?
私は彼女に、前日イビキのせいで眠れなかったから、今日は二人だけで良かったと言っているのに。
う〜ん、う〜ん、やっぱり私が悪いのだろうか?

結論は・・・ ドイツ人は無邪気で悪気もないのだから、こちらも無邪気にいくしかない。
相手が若いので、遠慮していたが、こんな時は私も逃げればいい。


朝の4時。 ベッドがグラグラ揺れる。
彼女がベッドから飛び降りた。 大雨が降ってきたのだ。 彼女が戻ってきたのは5時過ぎ。
「今日はもう少し寝たいから、いつものように6時には起きれないわ。」
彼女は、6時に私が起きる時に、起してと言っていたのだ。
かわいそうに。 雨の中、馬のところまで行き、巡礼宿の前に連れてきて、そして馬にレインコートを着せてやっていたのだ。

今日の巡礼宿。手前に写 っているのは、フランス人のサムエルとゴマ。
港に面 した公園

このBarから、今年の『北の道』を歩きはじめよう!

遠くに見えるのは海。
道を教えてくれた親切なおじさん。
この地方の食物倉庫。
犬を連れた、親切なお兄さん。
最初に出会った巡礼。ヤセルとマリッサ。
道を教えてくれた親切な地元の子。
臭いチーズのサンドウィッチ。
巡礼宿の管理人のおじさんに、朝も会った。
「勇者の道」へ行く道しるべ。この杖をいただいた。
自転車の親子。ここでまた、チョコレートをくれた。
バルセロナから来た二人。
セビリアから来た二人。
四人組(一番左がヨランダ)
坂を下って行くと・・・海だった!
呆然と海を眺める。(マヌエルはマメのケアをしていた)
「橋」を求めて
桃をくれたおばちゃん。
ヘスースとダビデ
巡礼宿のおばさん
巡礼宿の前で

巡礼宿の室内

遠くに海が見える
ルアルカの港
ルアルカの街
こんな道も通 った
今日の巡礼宿。(元学校
ここで足を洗う。
手作りドーナッツ
Ribadeoの街を後にした
マックス四人衆。(右からに番目がマックス君)
ひっそりと佇む道しるべ。
ファビーと馬のパチーノ
閉まっていたこのお店を開けてもらった。