
8月5日(土)La Mesa 30.6km
今日は朝食を取るようなBARはない。
ロベルトには、一緒に行けそうもないから、先に行って欲しいと伝えたが、マリアが一緒に歩いてくれた。
最初の登りはかなりキツかったけれど、山全体がピンクや黄色に染まるほど、ヘザーをはじめ、花が咲き乱れていた。
高い木はない。 だから遠くまでが見通せた。
いくつもの山が連なり、今日はここから見える所よりも遠くまで行くのだろうか。
マリアは足を止め、道端の写真を写そうとしている。
いったい何を撮っているのだろうか。
見ると、小さな雑草に、細かい水滴が太陽に照らされて宝石のように光っているのだった。
私も真似をして一枚カシャリ!
今度はピンクの高山植物が・・・・。
二人でカシャリ!
道はどんどん美しくなっていく。
頂上には馬が数頭いた。
今度は山を下って行く。
しばらく歩くとマリアはポケットから石を取り出した。
「これはドイツから持ってきたの。お守りのようにしていたけど、もう要らないからここに置いていきたいの。」
マリアとは、言葉が通じにくい面もあった。 いくらスペイン語が上手とはいえ、ドイツ訛りがあったりで、スペイン人とやりとりするよりは難しかった。
でも、私たちには言葉は重要ではなかった。 黙って歩いていても、気持ちが通じ合い、趣味が合った。
ドイツ人で旧東ドイツ育ちのマリアには聞いてみたいことがあった。
「東西ドイツが統合された時、マリアはどう思った?」
忘れもしない、1989年のこと、当時イギリスで見たこの大きなニュースは、私の心を打った。
「その時は恐かったわ、みんなそうよ。今より良くなるなんて思えなかった。みんな仕事を持っていたのに、これからは失業する人が出てくる。どんなことになるのか恐ろしかったのよ。」
顔が少し険しくなった。 私たちの思いとは違い、喜びや開放感ではなく、不安な気持ちの方が強かったのだ。
マリアが二十歳の頃のことだった。
山の上に小さな集落があった。
そこで水をもらって話を聞くと、この村の人口は一人。水をくれた二人の男性は、たった一人の村人の知り合いで、旅行でここに滞在していると言う。
スペイン人の休日って個性的だわ。マリアと共に感心した。
途中二人で休んでいると、若い女性が通りがかった。 私たちはつい
「またあとでね!」
と、口癖のようにスペイン語で言ってしまったが、その女性はその瞬間、ぎこちない様子だった。
マリアは
「きっとドイツ人だわ。持っていたゴザが決め手なの、あれはドイツ人の証拠よ。」
20kmほど歩いてBarに行くと、みんなが食事を終えてコーヒーを飲んでいた。
ラウラも居て、すっかりこのグループにとけ込んでいる。
サンドウィッチとビール、コーヒーを次々と平らげる。 先ほど会った女性も、隣のテーブルに座ってサラダを食べていた。
彼女はドロータというオーストリア人であった。
今日のアルベルゲの周辺にも、レストランもお店もないと言うことで、4.5kmほど手前の村で、大量
に食物を買う。 それをみんなで手分けして持っていく。 重いものを持つのが嫌いな私も、こればっかりは仕方がない。(一人だったら、軽いものを少ししか持たないと思うが)
ワイン、ジュースも大量。大きなパンやチーズ、バナナや果物など、重いものばかりだ。
アルベルゲが見えて来た頃、先に着いたマリアがオラヤとユリアと共にこちらに向かってきた。
今から乳搾りに行くと言うので一緒に行こうと誘われた。
臭い牛小屋に入り、一頭づつ乳搾りをしていく。ユリアは楽しそうに乳搾りを手伝い、オラヤが写
真に写す。 二人はいつも元気で明るい女の子たちだった。
アルベルゲに着くと、今日も満員だった。 私たちは向かい側の教会の土間を借りて寝ようという話になった。
教会をの覗いてみると、暗くて寒い。ただ一つの救い(?)は、ワインがたくさん置かれていることだった。
アルベルゲには、見知らぬ人たちがほとんどだった。
先ほど出会ったドロータもいた。
また別の女性に話しかけられた。 ハンガリーから来たアギーだった。
アギーは英語が上手だが、スペイン語はもっと上手だった。 今は一年間サラマンカで語学留学をしていて、将来はスペイン語の先生になりたいそうだ。
オラヤがそばにきた。
「今夜は私たちのベッドに、あなたは寝るのよ。ベッドが二つあるから、ユリアと三人でベッドをくっつけて横に並んで寝ればいいの。」
寒そうな教会の床で寝るはずだったのに、なんて暖かいお申し出だろう。
アルベルゲの中に入ると、ベルギー人のご夫妻もいた。 ベッドがなくて心配してくれていたが、オラヤたちにスペースをもらった話をすると、うれしそうにしてくれた。
ベッドは真ん中にスペースがあって少々寝づらかったが、朝まで熟睡することができた。
8月6日(日)Grandas de Salime 14.9km
今日は距離が短いので楽だった。
この道には、アルベルゲの数も少ないので、毎日同じ距離を歩くことが出来ないのだ。
時には40km以上、時には15km。
湖を見ながら、くねくねと道は続く。
途中で素敵な山道になった。 そこで一人小走りに行くドロータをみつけた。
彼女は元々は東ヨーロッパの出身で、生まれはウィーンだと言う。
スペイン語ができなかったが、この道で目覚め、一生懸命スペイン語を話そうと努力していた。
フレンドリーな子だけど、群れには入ろうとしない。 遠慮しているのかもしれなかったが、一人で歩くのが好きなように見えた。
しばらく一緒に歩いて行くと、湖のそばまで来て、しばらくその景色を楽しんだ。
彼女は誰よりも歩くのが早かった。 昔の日本に生きていたら、飛脚になれただろう。山の中を、小走りで音も立てずに進んで行く。
次に休もうとすると、次々とみんながやってきた。
そろそろ休もうか、どこにしようかと考えることは同じである。
ラウラはブラックベリーを取りはじめた。
この道沿いのブラックベリーは、なかなかおいしかった。
今日のアルベルゲがある町は、お祭りの最中だった。
お祭りと言うと、みんな昼からBarで飲んでいるし、ケーキ屋も繁盛している。 そんな町の中心にアルベルゲがあった。
今日もベッドが足りない。 今回は三段ベッドの上の方はまだ空いていた。三段ベッドは滅多にお目にかかれないが。
今夜も誰かとベッドシェアになりそうだ。
シャワーを浴びて食事に行くと、この町にはいくつかレストランはあるだろうに、入ったレストランのほとんどの客が巡礼者だった。
まだ顔しか知らない人もいるし、最近名前を聞いた人もいる。
あっちこっちのテーブルで、グループ別に食事を楽しんでいた。
私たちが行くと、みんなが名前を呼んでくれる。
中にはオラヤ、ユリアもいるし、数日前に会ったきりだったホルヘもいて、挨拶に出てきてくれる。
新しいPrimitiboのメンバーが全員集合だった。
タコとポテトの煮物、イカリングフライ、デザートはチーズケーキ。
一度アルベルゲに戻り、軽く横になっておこう。今日はお祭りだから夜が遅いかもしれない。
どこが自分のベッドになるかわからなかったので、三段ベッドに登ってみた。
こわ〜い!落ちたら大変なので一番奥に入って寝ようとしても落ち着かない。 降りるにもひと苦労だった。
そうだ!巡礼証にスタンプをもらいに行こう。
町の人に聞きながら、スタンプを押してくれるBarに行った。
帰り道、公園で新しい巡礼者たちが輪になっている。ロベルトもいつのまにか輪に入っていた。
みんなは、小枝を集めてそのうちの1本を他を動かさないように取り出すゲームをして盛り上がっていた。
そこにいたのは、オラヤ、ユリア、ロベルト、ホルヘ、アギー、そして5人のスペイン人たち。
こんなつまらない遊びを楽しめる無邪気なスペイン人たちがなつかしくもあった。
私も輪に入れてもらいゲームを続けた。 かわりばんこにBarでワインやヒマワリの種を買ってきた。
オラヤはヒマワリの種の食べ方を伝授してくれた。
「種の丸い形の方を口に入れ、実を縦にして前歯で殻を割るのよ。そしてそれを開いてそのまま実だけど口に入れるの。」
なかなか難しい。 何度もトライしてだんだんマスターしてきた。
次は巻き舌の練習。 順番に巻き舌を披露してくれ、デジカメのビデオに次々に写していく。
今度はお祭りの行列がやってきた。 背が異様に高い人形の行列だ。 道に出てみる。
行列の後ろには、地元の人たちが民族衣装を着て演奏をして、賑やかだった。
みんなで移動して、夕食がてらBarに行くことにした。 そこでは誰かが買ってきたタパスをみんなでつまんでワインを飲み、すっかりお祭りの空気にのまれていく。
そこへマリア、ウシ、ビンゲンもやってきた。 オランダ人のミンケ、ドロータ、ベルギーの夫妻も加わり全員でパーティ会場へ。
まだ踊るにはスペインでは早い時間だったけれど、あまり夜更かしが出来ない巡礼者は、おかまいなしに踊り始める。
ベルギーの奥さんもみんなの輪に入って楽しくしている。
ロベルト、ウシ、マリアは踊りが上手。ウシとマリアはサルサダンスのスクールで知り合ったと言う。
ロベルトはさすがにダンスの先生だけあって、本格的。
そして一番すごかったのはユリア。 彼女はフラメンコが大好きで、一人でその世界に入っている。とても色っぽくて素敵だった。
だんだんみんな寝るために帰っていったが、最後に残ったのは、ユリア、オラヤ、ホルヘと私。
しばらく踊り狂ってから、アルベルゲに戻ると、しんと静まり返っていた部屋で、私のベッドはどこなんだろう?と探していると
三段ベッドの端に寝ていたロベルトが、向かい側の二段ベッドの上段を指し、
「そこだよ。」
と小さな声で合図した。 素直にそこに登って寝た翌日にわかったことは、二つの三段ベッドに、4人が寝ていたのだった。
8月7日(月)Padron 26.6km
夕べは何も知らなくて一人安らかに(!)眠ってしまって申し訳なかった。
あの二つの三段ベッドにマリア、ウシ、ビンゲン、ロベルトの大きな人たち(ロベルトは細いが)が寝ていたなんて。
ラウラもどこかで三人で二つのベッドで寝ていたらしい。 下から見たら、普通に寝ているように見えたロベルトは、何の柵もない三段ベッドの端っこで、恐くて眠れなかったらしい。
2.5km地点でコーヒーとミルク。
今日は山の中を多く歩く。
途中からガリシアに入った。
ガリシアに来たら、サンティアゴまではそう遠くない。
方向を示すホタテ貝の向きも変わった。なんだかそれだけで安心だった。
『こんにちわ〜、ガリシア!』
次の店では葡萄のジュース。 これを飲むと元気が出てくる。 最初はみんなで歩いていたが、足が止まらなくなって先に歩いて行った。
小さな村で、足を怪我した馬を見ているオラヤとユリアに追いついた。
真剣な顔をしながら二人は馬主に話を聞きながら、馬の背中をさすっている。 動物が好きな優しい二人なんだろうな。
オラヤは小学校の先生で、27歳。ユリアはホームレスの宿(アルベルゲと呼ぶらしい)で働く25歳だった。
しばらく行くと、二人に追い越されたが、最後の坂はすごかった。
太陽が容赦なく照りつけ、影もない。 時々オラヤとユリアも、何度も止まりながら登って行くのが見える。
頂上の町が今日の目的地に着いたようなものだった。
アルベルゲまではそこから2km。ここで食料を買わなくてはいけないと言う。
ロベルトに電話して、みんなで一緒にこの村で買い物をしようということになる。
今日の買い物は私が払い、料理をすると提案した。
これは夕べのベッドの罪滅ぼしのつもりだった。 スーパーに行き、大量の食料を買う。
距離も長くないからワインも4本(6人分)と、明日の朝食分まで買った。
アルベルゲには、幸いにも立派なキッチンがあった。
その上私たちにだけ特別に、別棟の一軒家を与えてもらったのだった。
ここ二日ばかり、ちゃんとベッドで寝ていなかった我々へのすごいご褒美だった。
別棟にもキッチンがあったが、母屋のキッチンでほとんどの下ごしらえをした。
サラダはロベルトに任せた。
私の料理は早い。
鍋を持って別棟へ行く。
そこにはダイニングがあり、まるで普通の家族のような食事になった。
料理の苦労は、ロベルトがベジタリアン、ラウラも軽いベジタリアン、マリアは魚類が一切だめ、ウシも食べられないものがけっこうある。
ビンゲンと私だけが何でも食べられるのだ。
魚類と肉類は別々に作り、最後に食べられる人の皿に入れた。
みんなの希望を入れてトマト味のパスタ、私の希望で五目寿司。
この道で出会った仲間と、できあいのもので食事をしたことはあったが、料理をして食べるのは初めてだった。
なぜだろう?! こうやって手作りの食事をすると、不思議と団結力が固くなるのだった。
ワインを何杯も飲んで、食事の後は住所交換が始まった。
二日後の8月9日、ルーゴを最後にマリアとウシの帰国の日が迫っていたのだ。
残った五目寿司を持って、母屋に行った。
そこにいた、オラヤ、ユリア、アギー、ドロータ、ミンケ、ベルギーの夫妻にお鍋ごと預けてきた。
実は急いで作ったためか、いい出来とは言えなかったけれど、みんな喜んで食べてくれたようで、翌日みんなから、口々にお礼を言われてしまった。

8月4日(金)Rorres 15.3km
朝焼けの山々はピンク色で、その合間を低く雲が浮いていて、何度も立ち止まるほど美しかった。
歩き出してすぐにbarに入ると、たくさんのリュックが置いてあった。 どうやら今までの状況とは違ってきたようだった。
新しい巡礼者が参加し始め、目立つようになってきた。
賑やかなBarで、いつものように私たちのグループは、カフェ・コン・レチェを三杯おかわりし、トーストで朝食をする。
終わった頃には、もう他のグループたちはすでに出発した後。
マリアは昨日マメをつぶした。今日は調子はいいが、かかとの上が痛いと言う。
今度はウシが来て、話をしながら並んで歩く。
ドイツでは、生物とスペイン語の先生をしている。 兄弟はおらず、両親は離婚して、母親は南スペインで、ドイツと同じ暮らしを持ち込んで生活していると言う。
同じようにスペインが大好きなのに、全く価値観が違い、話が合わず、めったに会わないと言う。
ドイツに住む父親は、○菱自動車を退職して、一人暮らしをしているが、病気で具合が悪いと言う。
ウシはクールである。 そのクールさに、私はなかなか彼女と打ち解けられなかった。
本当は優しいことを知っている。でも、彼女の表現は不器用であり、白か黒かに分けてしまう考えは、受け入れにくかった。
世の中にはグレーゾーンがたっぷりあるのに。
例えば
「日本人てよくわからないわ。父が○菱に勤めていた頃のことだけど、一週間くらい会社の人たちと旅行に行ったの。支店長の奥さんも来ていてね、私が何を言っても『イエェ〜〜〜ス』と答えるのよ、ニコニコしながら。ちょっと意地悪して、変な質問しても同じ調子で『イエェ〜〜ス』なのよ。何がYESなんだかわかんないし、なんでもかんでもYESなんておかしいわ。」
確かにおかしい。『No』とはっきり言うドイツ人にとって、摩訶不思議な返答だったに違いない。
でも私は、この支店長夫人に同情してしまう。 おそらく、おまり得意でない英語を駆使しなければならなかったのだろう。よく意味がわからなくてもそう答えてしまう気持ち。
そして、日本人が『No』と言えない背景には、優しい国民性も多いに関係しているのではないか。
相手への思いやりとして、『No』である事情があっても、それを『Yes』に変えてあげたい。出来ないことでも、出来るようにしてあげたい。
しかし悲しいかな・・・・NoならNoとはっきり言ってもらわなくては困る!と怒られてしまうのである。
それにしても、ここ数日の私は、『No』を連発していたので、新しい日本人のサンプルになったかもしれない。
また、別の時には
「今日から新しいドイツ人の仲間が来たね!」
と言うと
「さっきあの人たちと話したけど、典型的なドイツ人よ。『あそこに行った?ここに行った?えっ、行ってないの?あなたも行った方がいいわよ。』・・・・・もう、聞いてて神経が逆立ってきちゃって。」
いつか暗がりの田舎町で出会った時に、彼女たちはアルベルゲに泊まらずに、テントを張ったのは、そこに居たドイツ人カップルから逃げたかったのかもしれない。アルベルゲの宿泊代など、たいした金額ではない。それを節約して暗がりを歩きテントを張るのは不自然だった。
スペイン人に対しては寛容だった。しかし何故スペイン人は喋り続けるのか?という話題になると・・・・・
「あの人たちは話した事を覚えていないのよ。だから何度も同じ事を話すの。覚えていたとしても、繰り返し話すのよ。」
笑ってしまうが、常にクールな分析をしているウシだった。 すべてに同意はできないけれど、この歩きで、私たちの距離がだいぶ縮まった。
今日のアルベルゲの周辺にはレストランもお店もない。
みんなでお金を出し合って、買い物をすることにした。 ワインやチーズやパンをたくさん買って、手分けして荷物を持った。
アルベルゲは、緑の丘の上にあり、のどかな景色の良い場所だった。
しかし!!!!!
すごい量のハエがいたのだ。床はハエの屍骸だらけ。マリアはほうきを持ってきて、部屋中を掃除し始めた。
最初にここに着いたのは、美人フランス人の二人だった。 彼女らは
「ここに着いた時は、ハエだらけで逃げようかと思ったけど、みんなが入ってくると不思議ね、ちゃんとアルベルゲらしくなったわ。」
彼女たちに見覚えがあった。昨日のアルベルゲでも一緒だった。 おしゃれな二人は、化粧室にいる時間が、やたら長かったから覚えていた。
後で三人組のスペイン人男性がやってきた。
最後にやってきたのは、ラウラと元カレのルーベンだった。
昨日のアルベルゲで、唯一新しい巡礼者と喋った相手はラウラだった。
大勢の見知らぬ人たちがいた中で、ユリアとオラヤのことは覚えたてだったので、トイレで会った時に、手の乾燥機でブーツを乾かしているオラヤをみつけた・・・つもりだったが、まだ名前を覚えていなかったので、
「名前はなんだっけ?」
と聞いたら、ニコニコしながら感じ良く
「ラウラよ!」
あれ?初めて会った人だったんだぁ。スペイン人て皆同じように見えるから!!
ラウラも突然名前を聞かれてもびっくりしていない様子だったから良かったけれど。
昼食会は、アルベルゲの裏のベンチで始まった。
手際よくチーズを切り、その上に羊羹のようなものを乗せる。これはデザートだ。
羊羹はマルメリーダといい、フルーツを煮て固めたもので、酸味と甘み、そしてチーズのコクと塩味が混ざっておいしい。
昼食後は、アルベルゲの前に広がる緑の斜面
でお昼寝だ。 みんなに習って寝ようと試みたけど、斜面がきつくて、しがみついていないと転がってしまいそう。
天気もさわやかで、気持ちのいいひと時だった。 フランス人の二人も、すっかり解放され、二人でマッサージをし合っている。
ロベルトが
「僕たちもトレイン・マッサージをしようよ。」
アルベルゲの前に椅子を一列に並べ、前の人の肩をマッサージ。今度は逆を向いてマッサージ。
ロベルトはさすがに上手。本当に器用な人だ。
指力のある私も、上手だと評判になってしまった。 近くではラウラとルーベンも互いにマッサージしている。
ルーベンがボトルを持って私たちの中に入ってきた。
彼はレオンの出身だと言うことで、おおいにレオンのBARの話で盛り上がった。 レオンでのおすすめタパスをノートに書いてもらったり、ルーベンもすっかり仲間になった。
ボトルは、木いちごのオルッホだった。 私はアニスのオルッホが好きだが、このレオン特性の木いちごのオルッホは、最高においしい!
ラウラとルーベンはオビエドから歩き始めたばかりで、明日の朝にはルーベンは『道』を離れると言う。
夕日が傾き始めた頃、ラウラとルーベンが巡礼にまつわる歌を歌ってくれた。





























































































































