ランサローテ島(カナリア諸島
新しい旅立ち
前回の旅を通して、それぞれの国や国民の印象というもの
がなんとなく出来上がる。
それはあながち間違いとは言えないが、誤解のまま終わる
ことも多い。
旅人として数日間滞在しただけでは、そのお国柄などなか
なか語れるものではない。
旅行で得た印象とは、そこでたまたま出会った人の印象で
あり、天候や運にも大きく左右される。
前回、最初に香港からロンドンに入った際、私はロンドン
やイギリスという国に対して全く興味がなかった。それま
での中国とは違い、人とのかかわりあいがなかったし、ク
ールで真面目、面白みのない土地に思えた。
その数カ月後、再びロンドンに行かなければならなくなっ
た。リスボン(ポルトガル)で東京行きのチケットを買っ
たところ、ロンドンを経由しなければ帰れないというのだ。
しかも一泊しなければならない。 正直言って、いやでいや
で仕方がなかった。
私のヨーロッパ第一歩を印した場所だというのに。
三カ月ぶりのロンドンはすでに季節は夏の終わりから秋を
越し、冬になっていた。
そして、人々は意外にも暖かく、友好的だった。 空港での
入国審査の係の人達はみなニコニコしてどこよりも感じが
いい。
翌朝、二階建てのエアポートバスからロンドンの街を見ると、
すっかりクリスマスのディスプレイにおおわれた店々は華や
いで、洗練されていて印象的だった。
街を抜けてハイウエイを走る頃、車内のラジオからビートル
ズのHELPが聞こえてきた。それに合わせて口ずさむ運転手の
鼻歌を聴いているうち、旅情のようなものがこみあげてきた。
そして曲が変わり、静かなバラードになると、この旅がもう
すぐ幕を閉じることを実感し、それまで見たものや出会った
人の顔が浮かんできた。 実際、五年間暮らしてみても、
イギリス人について語ること
なんてできない。
一般的にイギリス人はこうだとか、フランス人はこうだとい
うことは言える。 でもそれはステレオタイプとして言えるこ
とであり、そういったことは小さな差別にもつながりやすい。
要するに、一国にはいろいろな人がいる。
いい人もいれば悪い人もいる。
一人の人間だって長所と短所がある。
たまたまであったある人間が、イギリス的よさ、イギリス人
の長所の部分を持っていれば、イギリス全体のイメージまで
良くなってしまう。反対にイギリス的いやな面を持っている
人に会うと、嫌いな国になってしまう。
その、イギリス的というところがミソである。
また、単にイギリスと言っても、イングランド、スコットラ
ンド、アイルランド、ウェールズとあり、それぞれが独立し
た国のように誇りを持っており、それぞれに雰囲気も違う。
国民性というのは気候や風土、過去の歴史や宗教によって支
配される。
イギリスは島国だから日本人と似ている点もあるが全く異質
な点もある。
スペインとポルトガルも同じイベリア半島に位置しながらも、
雰囲気はだいぶ違う。
最初の旅行でのスペインは私の一番苦手な国だった。
たまたま訪れた時に不運が重なり(引ったくり、ホテルの予約
の手違い、集中豪雨、窓口の係員の不手際による船の乗り遅れ、
などなど)印象が悪かった。
しかし何よりその頃は私はまだちゃんとした日本人だった。
(今なら同じことが起きてもそれらを不運とは感じることは
ないだろう。)
それにひきかえポルトガルは穏やかで素朴で暖かみがあって、
印象が良かった。 一般的にスペインの気候は乾燥していて水気
のない丘にオリーブ畑が広がっている。一方、ポルトガルは
もちろん似ているのだが、湿度もあったり、リスボンなどは
常春とも言われているように、穏やかである。
ポルトガル側に肩を持っていた私は、隣国同士の権力の争い
の歴史までさかのぼり、スペインが一方的に悪者に見えてし
まう。
前回の旅以降この5年間に6回ほどスペインに行く機会があ
った。
相変わらずバルセロナでパスポートが紛失したり、列車の
切符を買うだけで3時間もかかったりとろくなことがない。
よくよく相性が悪いのか、前世で天敵だったのか近寄りた
くなかった。
でも、もう一度ゆっくり訪ねてみたかったポルトガルや、
モロッコに行く時、どうしても通る羽目になったり、
隣のフランスを旅行したとき、ちょっとだけ足を伸ばし
てスペイン領に入ったりしているうちに、『嫌い』から
『悪くない』、そのうち『けっこう好き』、気が付いて
みたら『大好き!』そして今回は『やみつき』になって
しまっていた。
最初の印象が悪かったイギリスに5年間住んで、日本に
帰る直前に、苦手な国だったスペインに旅した記録を
新しい旅だちの第一歩とした。