あなたが好き

written by Miyabi KAWAMURA
2008/0222







 唾液を纏わせた舌を、震え、蜜を零す身体にゆっくりと絡ませていく。


「……ッ、んっ!!」

自らの手で口を塞ぎ声を堪えているくせに、なのに耐えきれず腰を揺らす。――それが逆に、どれだけ淫らな意思表示になってしまっているかということを、この時代の、未だ子供といって差し支えない年齢の雲雀は、知らないのだろう。

先刻中途半端に剥がれた下衣は、完全に取り去られている。持ち上げた雲雀の左足を自分の右肩に乗せ、大きく脚を開かせたまま、ディーノは口淫を続けていた。

雲雀自身を口腔に含んだまま、ゆっくりと頭を上下させていく。先端から付け根にかけて、余すところなく唇と歯列で挟み、食んでやれば、唾液と先走りとで濡れきった肉塊がぴくぴくと震える感触を、直接に味わうことが出来るのだ。時折わざと歯をぶつけ、口の中の雲雀を跳ねさせると、今度は舌を使って宥めるように唾液を塗り広げる。それをわざと、緩慢に繰り返した。
「も、ぅ、それ、ゃ……っ」
身を捩り、刺激から逃げようとした相手の腰骨を掴んで固定したディーノの手に、雲雀の爪が食い込んだ。離せと訴える仕草はしかし通じない。逆に先端の窪みばかりを吸われ、舌先で抉るように弄られて、雲雀は息を飲んだ。
「――ッ! ぁ、んんっ!」
熱いだけじゃない、濡れたしなやかな、指とは違う種類の固さを持つ舌での愛撫は、雲雀の理性を削ぎ落としていく。

 剥き出しにされた粘膜は、充血しきって信じられない位に敏感になっている。
舌の表面の、ざらざらとした部分で弄られるのが、雲雀のそこは一番好きらしい。ディーノの口腔の中で、蜜の味が濃さを増していく。今、顔を離せば間違いなく、先走りの粘液が白く濁り始めている様を確かめることが出来るだろう。――と、そのとき、身じろいだ雲雀の動きに連れて、浅く咥えられていた肉塊が、ディーノの口の外に逃れてしまった。
「……っ……、ぁ」
突然途切れた快感に、雲雀の口から、湿りきった吐息が零れる。
「ン、ぁ……ッ、ん」
雲雀は、無意識のまま、むずがって首を振った。

熱を帯びた性器から、鈍く重い、ずきずきとした感覚が広がっていく。
瞬間、自分の頭の中に浮かんだ思考が信じられなくて、雲雀は眉を顰めた。――ディーノの吐息がそこから離れた刹那、頭に浮かんだのは、口淫から解放されたことに対する安堵ではなくむしろ真逆の願望だった。

逃れてしまったものを追い掛けて、捕まえて欲しい。
もう一度その口に咥えて、もっと気持ちよくして欲しい、などと。そんな願望が自分の中に存在すること自体、認められる筈が無かった。

強引に組み伏せられ、無理矢理与えられている快感。そんなもの、厭わしいだけの筈なのに。


「――っ……ん、ッ」


雲雀は、しかし咽喉を鳴らして、息を飲んだ。
身体の中心に凝った熱が、思考の組み立ての邪魔をする。そして、状況に抗おうとする理性の反面、雲雀の身体は、もう快楽に負け始めていた。ディーノの右肩に乗せたままになっている左足。そのふくらはぎと大腿の内側の筋は細かに痙攣して、先刻からずっと、もどかしげに揺れている。
その様を視界の端に捕らえると、ディーノは雲雀の足を掴み、肩から降ろした。

「もっとされたかった=v
「……ッ!」

言い当てられ、雲雀は閉じていた目を開いた。
驚くほど近くにある、鳶色の双眸。
反射的に睨みつけると、ふ、とディーノの表情が甘く溶ける。

「当たりだろ?」
「違――っ、……うぁっ」

揶揄の後、雲雀の頬を撫でると、ディーノは再び雲雀の下肢に手を伸ばした。左手の指で輪を作るようにして雲雀自身の根元を戒め、そして同時に、付け根の柔らかな袋を、右掌の中に収める。――滴り落ちたものと舐め広げられた唾液にまみれたそこを、握り込まれ、揉みしだかれて、雲雀は咽喉を引き攣らせた。
「ッ……ぁ、んんッ!」
きつく、捏ねるように弄られて、雲雀の口から喘ぎが溢れた。蜜を溜め込んでいる場所を嬲られるのは初めてなのか、時折握り潰すような強さで乱暴に掴み、指先で双球の形を探ってやると、雲雀は狭いソファの上に立てた膝を擦り合わせるようにして、不自由に下肢を震わせた。
「ゃ……だッ、もう……っ」
「もう、何だ? ……イキたい?」
「――っ……ッ」
一旦雲雀自身から手を離すと、ディーノは雲雀の両膝に手を掛け、ぐ、と押し開いた。淫らな場所を暴かれることを嫌がった相手の両脚に力が篭る前に、肩を入れて阻む。

先端に感じた吐息に、雲雀の眦から涙が零れた。潤んだ黒い目を揺らし、噛み締めることも出来なくなった唇で浅い呼吸を繰り返す姿。再び根本を締め付けた指で雲雀の射精を遮りながら、ディーノは寄せた舌先を、粘液をとめどなく溢れさせている場所へ這わせた。
ぴたりと唇を押し当てたまま、熟れ落ちそうな肉塊の切っ先を、音を立ててしゃぶる。

「! ……ッ」

鋭い息を吐いて、雲雀が腰を揺らした。ディーノの身体をきつく挟んでいた大腿が、一度強張った後、力を無くしてしどけなく開いていく。
「どこがいい? ……教えろよ、恭弥」
「――ァ、う……んっ」
否とも応とも取れる喘ぎを残して、雲雀が震える腕を動かした。表情を隠すように自分の前で腕を交差させ、ディーノから顔を背ける。

やだ、と何度も呟き、唇を震わせて羞恥に耐えている雲雀の、細い腕。関節の形がくっきりと浮いた、少年らしい造りの脚。荒い息のせいで忙しなく上下する胸と、そこからなだらかに続く腹部、そして雲雀の体液と、ディーノの唾液とで湿りきった、大腿の狭間。

自分の前に晒されている雲雀の全てを、ディーノは見詰めた。……どうしようもなく感じる愛おしさと、懐かしさと、綺麗事では済まされない欲望と、そして。……決して枯れることもなく胸の中に湧き上がる、苦味を伴った痛み。

刹那、鳶色の目の中に浮かんだそれを、しかしディーノは、雲雀に気付かせることなく押し殺した。――気付かせては、いけない。何も、気付かれてもいけない。

それが今、ディーノを縛っている、「契約」の条件の一つなのだ。




 「――っ……ぁ」

再び肉塊に与えられた刺激に、雲雀の声が漏れた。
熟れ落ちそうになっていたところを、ディーノの咽喉奥深くにまで飲み込まれ、噛み扱かれる。
「ふ……ぅ、あッ」
びく、びく、と細かく膝が跳ねる。捩れそうになる腰を抑えられたまま口腔の粘膜で愛され、散々焦らされていた瞬間に向けて、雲雀自身が、大きく膨らんだ。
「ぁ、ぅ……ッ」
ぎゅ、と、自分の髪に縋ってきた指の感触に、ディーノは雲雀を咥えたまま目を眇めた。
応えるように歯列を当て甘く噛んだ後、反り返った肉塊の裏筋を舌で辿り、行き着いた付け根にある柔らかな袋を、全て口の中に収めてやる。
「! ――ッ!」
そこを咀嚼する強さで嬲られて、雲雀が高く啼いた。
「……ッ、んん――ッ!」
びゅ、と吐き出された白濁の勢いに、支えのない肉塊がぶるりと震える。射精の間際、ディーノは右掌で雲雀の先端を覆っていた。そこにぶつかった白濁は、ぼたぼたと滴り落ちて雲雀の下腹と、そしてディーノの口元までを汚す。

「――ぁ、んぅ……っ」

濡れそぼった場所を指で拭うようにされて、雲雀は感じきった吐息を零した。
未だ整わない息と快感の余韻とで震えているその唇に、ディーノが触れるだけの口付けを繰り返すと、きつく閉じられていた瞼がゆっくりと開いていく。

頬と、涙の膜の張った黒い目の際に滲んでいた汗を、ディーノは滑らせた指先で掬った。雲雀の吐き出したものにまみれた指は余計にそこを汚して、しかし頬の上でぬるつく感触にすら、雲雀本人は反応しない。快感が深すぎたのか、どこかぼんやりとした目のまま、だ。

「恭弥」

細い顎を捉え、唇を重ねる。
触れ合わせるだけの口付けを幾度か繰り返すと、ディーノは雲雀の身体を抱き起こした。そのまま引き寄せ腕の中に閉じ込めると、黒髪に口元を埋める。唇に触れる髪の柔らかさと、抱き締めた身体の感触、体温。今、ここに雲雀がいるということを確かめる様に強く抱き締めて、ディーノは深く息をついた。

「――愛してる」

零れ落ちた言葉に驚いたのは、告げられた雲雀ではなく、告げたディーノの方、だった。
しかし、一度溢れた言葉は、思いは、止まらなくなる。

「愛してる。オレは、お前のこと、本当に。……愛してる」

静かな部屋の中に、ディーノの声だけが響く。
強く抱き締められ、相手の胸に頬を寄せた姿勢のまま、雲雀は抗った。
「……僕は……、知らない。そんな」
途切れ途切れに、なんとか拒絶の単語を並べて見せた雲雀の髪を、しかしディーノは、酷く優しい仕草で撫でた。

「恭弥、お前は、オレのことが好きだよ」
「――っ……」

返された意外な言葉に、雲雀が肩を揺らす。

「な、に……」
「これはオレだけが持ってる感情じゃない。お前だって、本当は、もうどうしようもなくなってる。今も――十年後の、未来でだって、そうだ」
「っ……ふざけるな」

他人から何かを強いられることが一番嫌いな雲雀が、己の気持ちを決め付けるようなことを言われて、黙っていられる訳が無い。ディーノの胸についた手に力を篭めて身体を離すと、黒い目を鋭くさせ、鳶色の双眸を見上げる。

「……殺されたいの?」

たった今までされていた愛撫の名残の潤みを残したまま、しかし明瞭な強さを取り戻した雲雀の視線を真正面から受けて、ディーノはしかし、微笑った。

「オレの言う事が、信じられないのか?」
「信じない。そんな馬鹿みたいな嘘、よく言えるね」
「嘘?」
「暇潰しの相手を探してるなら、あなたの周りに群れてる部下にでも頼めばいい。……これ以上、僕に下らないこと言うなら、咬み殺す」
「……咬み殺す、か」

最後のひとことを鸚鵡返しにして、ディーノは抱き締めた雲雀の顔を見詰めた。


『あなたを咬み殺す』


十年後の、自分の世界で聞いた雲雀の声が、ディーノの耳の中に響く。……殺す。あなたを咬み殺す。雲雀は何度もそう言い続けて、自分はその言葉を受け止め続けて、けれど最後まで、それが叶うことはなかった。否、叶えることが出来たかもしれない最後の機会に、雲雀自身が、それを選ばなかったのだ。

あのとき、雲雀はもう、独りだった。

最後の刺客として差し向けられたディーノを倒したところで、確かに大局は変わらなかっただろう。けれど、それでも、もしかしたら。もしかしたら、彼一人だけでも生き延びられる可能性は、あったかもしれないのに。



『きらいだよ、あなたなんて』



あなたといると、僕は僕じゃなくなる。
生まれて初めて、一度仕掛けた攻撃を止めた、と、あのとき雲雀は、どこか楽しそうに呟いた。

それなら、殺せばよかった。オレを殺せば良かっただろうと理由を問うたディーノに向かって、最後に――最期に、雲雀が遺した言葉。



『だって、殺したら』

『あなたは、僕の前からいなくなってしまうから』

『……それは、いやだ』







 突然、乱暴な程の力で抱き竦められ、雲雀が息を止めた。

「……嘘つきなのは、お前だ、恭弥」
「――っ、んっ!」

顎を掴み上向かせ、真上から噛み付くように口付ける。強引に歯列を割られ、口腔に含まされたディーノの舌に、雲雀の舌がぶつかった。逃げるそれを追い掛けて捕まえ、絡め取る。口移しにされる唾液と、顔の角度が変わる度に深くなっていく接触に、雲雀が呻いた。
それでも離さず貪ると、噛まれた舌に痛みが走る。口腔に薄らと広がる、赤い体液の味。
「ン……っ……」
ぎゅ、と目を閉じた雲雀の舌を、ディーノは歯列で噛み扱いた。時折吸い上げ、小さくて熱い、弾力のある肉を嬲る。

今まで、幾度もこうして触れ合わせて愛してきた、雲雀の舌。
けれどいつもこれは、本当のことをディーノに伝えようとしてくれなかった。
初めて口付けたときも、最期のときも。そして今も。

「ッ、ぁ……ゃ……っ」

ようやく解放され痺れきった舌で、尚も拒んでみせた雲雀の下肢に、ディーノは指を遣った。
「――っ! ……ァ、んぅ!」
一度達した後、そのままにされていた場所は、冷え固まり粘りを増した粘液にまみれている。己の膝の上に引き寄せた雲雀の腰に左腕を回し、逃げられないようにして、空いた右手で掴んだ肉塊を上下に扱く。
「っ、駄目、ァ、んん……っ!」
腰を跳ねさせ、ディーノから離れようとするのを遮り、ただきつく揉みしだいた。
「ィ……っ、あァ、ぅあっ!」
「……飲ませてやろうか?」
「――ん……っ!」
耳に寄せた唇で伝え、雲雀をもう一度ソファの上に仰向けに組み伏せる。急激に反転した視界に一瞬止んだ抵抗。無防備になった雲雀自身を咥えると、ディーノはそれを、思い切り強く吸い上げた。
「! ――ッ!!」
先端が咽喉の奥にぶつかり、雲雀は掠れた声を上げた。締め上げられ、飲み下されるような感触と錯覚。全身が震え、自分が啼き声みたいな嬌声を零したことにも気付けないまま、雲雀はディーノの口腔に濃い蜜を吐き出していた。



 咽喉の奥を打った飛沫を咽喉を鳴らして飲み込むと、ディーノは雲雀の唇を塞いだ。
「――ぅ、んんっ」
口に受け止めていた残りを、雲雀の中に注ぐ。
ぬるく苦い、強いられた逐情の果ての、精液。自分のそれを嚥下させられ、理由の解らない手酷い陵辱に、雲雀の目から透明なものが溢れ落ちた。

「……なあ、聞かせて」

少しだけ離した唇の隙で、ディーノは囁いた。

「お前、オレのこと、どう思ってる?」
「……ッ」
「恭弥の口から、聞きたい。……一度だけでいいから」

殆ど吐息に滲ませたような語尾を、ディーノは雲雀に口移しにした。
白いものが残る雲雀の口腔の、隅々までを舌で探る。クチュ、と、唾液とは違う種類のぬめった水音が立ち、ゆっくりと離した舌先の間に引く糸すら、濁った光を放っていた。

相手の、ふっくらとした唇の端に付いた白濁を舐め取ると、ディーノは雲雀の下肢の、隠された場所に指で触れた。
「……っ……ぁ」
伝い落ちたもので、その入口はもう濡れている。
何度か撫で、中指の腹で少し押すと、驚いた小さな口は、ディーノの指に甘えるように噛み付いてきた。
「この時代のオレも……ここ、で?」
「ンぅ……っ」
解りきったことをわざと婉曲に聞き、聴覚からも犯していく。
きつく締まる内襞の感触を探りながら、中指を雲雀に飲み込ませていくと、まだ中に受け入れることに馴れていないのか、雲雀は下腹部を小刻みに震わせ始めた。
「ぅ……ぁ、っ……」
第二関節の辺りまで進めた指を、ディーノはゆっくりと抜き差しした。時折指を曲げ、中を爪で掻き刺激すると、雲雀は嫌がるように首を振る。……が、投げ出し、快感に膝を戦慄かせるだけになってしまっている両脚の付け根は、先端に淫らなものを新しく滲ませていた。
「前も、弄って欲しい?」
「――ッ、や、ぁ」
後孔には右手、そして先端の窪みには跳ね馬の絵のある左手を添えられ、嬲られる。敏感な二つの小さな孔を同時に弄られて、雲雀は忙しなく浅い息を繰り返した。

 少しずつ、下肢に伝っていたぬかるみを含まされながらあやされて、雲雀の中が柔らかになっていく。中指の付け根までを収めて、そこでディーノは、今指先が届いている場所を、幾度も突き上げた。
「ッ、ぁ、あぅ、んんっ」
「恭弥。……中、分かるか?」
動き始めた、と、欲を篭めた声で告げられ、その声音にすら感じて、雲雀自身が固さを取り戻していく。

いつの間にか増やされていた指が、雲雀を内側から開き始めた。ばらばらに動かされる中指、人差し指、そして薬指が、幾重にも折り重なった襞の合間から、それぞれ雲雀の弱いところを見つけ出して嬲る。

雲雀の先端を爪で弾いていた左手で、ディーノは自分の下衣の前を寛げると、自身を掴み出した。雲雀の零す粘液を指に絡め取り、猛る己に塗り、纏わせていく。
自分の指で触れただけで、そこからは肌が粟立つような快感が広がった。雲雀の、十五歳の雲雀の肢体を無理に熟れさせ、愛撫を続けていた間に、ディーノの身体も欲を溜め込み、先走りを溢れさせていた。


「……愛してる」


だからこのまま抱かせて、と、相手からしてみれば了解出来る筈もない我儘を、ディーノは幼い子供の耳朶に注ぎ込んだ。……酷く甘く、けれど苦い翳りが、混ざった声。

「……っ……」

雲雀は、ゆっくりと目を瞬かせた。
瞼の動きにつれて涙が零れ落ち、揺らいでいた視界が少しだけ、明瞭なものに変わる。

「恭弥」

呼ばれた自分の名前が、けれど名前以上の、もっと違う意味を持った言葉のように感じられて、雲雀は表情を歪めた。

先刻、現れたときから。
突然の現象と共に自分の前に現れたときからディーノに対して感じていた、違和感。その正体は解らないまま、しかし雲雀は、それが何かとても痛く、酷いものであるらしいということに、不意に気付かされた。


いつもディーノは、雲雀に会いに来る度に笑っていた。金色の髪を揺らして太陽みたいに笑うその顔だけが彼の全てなのだとは、雲雀は勿論思っていない。人を殺し人を騙し、狡猾に生きるマフィアのボスとしての顔は、常に彼の中にある。それが今まで、雲雀に対しては、向けられたことが無かった。ただ、それだけのことだ。……けれど、今。
今、雲雀に触れているディーノの、十年後の世界から来たという相手の顔には、それとも全く違う色が浮かんでいた。


伸ばした指で、雲雀はディーノの頬に触れた。


「恭弥……?」


刹那に浮かんだ躊躇いは、けれど自分を呼ぶ声を聞いた瞬簡に、雲雀の中から消えた。

雲雀の知るそれより、精悍さと艶を増した容貌と、長めに伸びた金色の髪。
そして、鳶色の色彩だけは変わらないのに、どこか違う……そう、どこか酷く痛いものを抱えているような――泣きたがっているような目をして、ディーノは、雲雀のことを、見詰めている。

自分の中に浮かんだ、息苦しいのに何故か無視出来ない思いに動かされて、雲雀はディーノの首に腕を回した。


酷いことを、された。
それは許せない。けれど、それでも。



「……あなたの時代に帰ったら、伝えて」



十年後の僕に、と言って、雲雀は身体に掛かる体重と、そして体温を受け止め、咽喉を震わせた。


「今だけは、きみの代わりをしてあげる。でも、この一度だけだ。……そう伝えて、僕に。絶対に」


雲雀の言葉の意味を理解して、鳶色の目が見開かれた。
「お前……」
自ら決めたものの、やはり自分の知る姿をしていないディーノに抱かれることに、躊躇いはあるのだろう。密着した雲雀の身体が細かく震えていることに気付いて、ディーノは目を眇めた。

「……怖いか?」

先刻、告げたのと同じ単語を、もう一度唇に乗せる。聞きながら、狭い中に咥えさせていた三指をゆっくりと動かしていくと、雲雀が甘く呻き、ディーノの指を締め付けた。
「ん、……ぁ……っ」
与えられる快感に、意識して従順になろうとしているのか、雲雀はしきりに腰を捩り、膝を震わせている。
自分の鼓膜を揺らす雲雀の吐息と声にどうしようもなく愛しさが募って、ディーノは雲雀の耳朶を甘噛みし、そこを舌で擽った。
「……優しいな、恭弥は」
首筋に立てた歯と唇とで赤い痕を残し、その上に口付ける。汗が浮いたそこはなめらかに湿っていて、ディーノはその肌触りを楽しむように、細やかな口付けを繰り返した。

――優しい、と言ったのは、ただの睦言でも揶揄でもなく、本心からだった。何も事情を知らされぬまま、雲雀は、ディーノのことを受け止めようとしている。

強くて奔放で、一人でも生きていけるだけの力を持っていた少年に、人を想う気持ちを教えてしまったのは他ならないディーノ自身で、そして今、雲雀を喪った自分は、過去の時代の雲雀の、未だ明確な形にすらなっていない幼い、けれどだからこそ偽りもない好意に、甘えようとしている。……自嘲の笑みを、ディーノは唇に佩いた。けれど、それでも。

どうしても自分は、もう一度だけ、雲雀に会いたかった。

抱き締めたかったのだ、彼のことを。
徐々に温もりを失い冷たくなっていく身体ではなく、柔らかな、ただ、温かな身体を、もう一度だけ。






 「……愛してる」


それ以外に浮かぶ思いは無くて、ディーノは何度も、繰り返し雲雀に言葉を注いだ。
「ぁ……、……っ」
柔襞に隠れたしこりを押し撫で、前を握った手を緩くうごめかした途端、雲雀が引き攣った声を上げた。二人の間に生温いものが広がり、重なり合った下肢の間でぬるついた音と感触を残す。
雲雀の身体が弛緩したのに合わせ、ディーノは引き抜きかけた指を後孔の淵に掛けると、己の先端をそこに宛がった。感じた熱に怯え口を閉ざしかけた場所に、力を篭めて自身を穿っていく。
「――ッ……痛っ……!」
咥え込まされたものの質量と固さに、雲雀が苦痛を訴える。けれどディーノは、拒む様に噛み付いてくる内襞の感触を遣り過ごすと、伏せていた身体を起こし、雲雀の腰を左右の手で掴んで、揺すり上げた。
「ィ……ぁ、ん、ん……ッ!」
中の繊細な襞を、固い切っ先で切り開くように穿たれ、灼け付くような痛みが広がっていく。
身体を重ね、相手を自分の中で感じて快感を得る方法の内、甘やかに手加減された繋がり方しかまだ教えられていなかった雲雀の身体は、一息に奥までを犯されて、傷付いてしまっていた。

抜かれ、また突き込まれ、擦られた胎内が痛みに強張る。

「――ッ、ぁ……っ」
雲雀が呻く度に、けれど内側は大きくうねり、ディーノに噛み付き甘く締め上げた。その快感に、ディーノの咽喉からも乱れた息が零れる。
「恭、弥……ッ」
「――ァ、……ゃ、だ……っ」
狭く、きつい。雲雀の中に半分自身を咥えさせたまま、ディーノは雲雀の身体を引き起こした。
「……ッ! や、もぅ……っ」
ディーノに向かい合う形で膝上に乗せられ、下肢の双丘を左右の掌で掴まれて広げられる。その狭間に隠された、ディーノに犯されている後孔は、充血し限界まで広げられた淵をひくつかせた。そして、より深く咥えた肉塊を奥へと飲み込み始める。
「……ッ――ァ、あっ」
雲雀自身の体重も借りて、身体はゆっくりと下っていく。自分の中の信じられない位に奥深いところまでを串刺しにされて、呼吸すらままならなくなって雲雀は啼いた。
苦しくて、痛くて、熱くて、けれど、それだけでは決して無くて。……自分の心臓の音が、頭の中から聞こえて来るような錯覚。もうこれ以上は無理だと思ったところより更に深く、熱く猛るもので突き上げられ、奥尽きを抉るように愛されて、訳が解らなくなる。

「……恭弥」

そのとき、頬を温かな掌で包まれた。


「……ィー、ノ」


不意に名前を呼びたくなって、雲雀は相手の名前の形に、唇を動かした。――啼かされすぎた咽喉はまともな声を作り出してはくれず、けれどそれでも相手に自分の声が届いたことを、雲雀は柔らかく重ねられた唇の感触で、知った。

呼吸を奪う様に、けれど、愛おしむ様に。

幾度も幾度も触れ合わせられた薄い皮膚と、温かな熱。

こじ開けられ、弄り尽くされた下肢から伝わる痛みすら、鈍く重い、腰奥に凝るような快楽に変わっていく。


「――ぁ、んん……っ!!」


柔襞を突かれることで膨らみ、欲情を溜め込んでいた雲雀自身が、耐え切れず弾け、白濁を撒き散らした。
自分の中が、咥えている肉塊を搾るように蠢いたことに雲雀が気付いた瞬間、最奥に熱いものを注ぎ込まれる。


内側を濡らして満たす、白濁。


震え弛緩していく身体を、雲雀は自分を抱き締める相手の腕に預け、そして。



その後のことは、何も解らなくなった。







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