あの日、

十年後の未来、と呼ばれるこの世界に

僕は、残ることを決めた。










七年後、五月五日










「損傷率、九十一パーセント」


 そう言った青年は少し押し黙り、意を決したように顔を上げて、室内を見渡した。

「危険な数値だよ。……正直僕としては、保障が出来ない。機械の故障ならともかく、人体に関しては、専門外だからね」

 眼鏡のレンズ越しに見える目には、苦渋の色が滲んでいる。
吐息を漏らし、二、三度瞬きをした後、あ、と小さく叫んだ青年は、自分の斜め前に座っている黒髪の少年へ向かって頭を下げた。

「表現がマズかった。故障とか、使うべきじゃないよね。ごめん」

 心底すまなそうな顔をしている青年に反して、しかし謝罪を受けた方の反応は、素っ気無いものだった。

「別に」

 ひとことで流し、その後は無言。

「――じゃあ、この先についてだけど」

 取り付く島のあまりの無さに、普通なら面食らうなり困惑するなりしてしまうところだろうが、幸いなことに、この眼鏡の青年は、黒髪の少年との会話に慣れていた。……否、黒髪の「青年」との会話、と言った方が、より正確だろうか。

「この先についてだけど、僕は、雲雀くん本人の意思を尊重すべきだと思ってる」

 ミーティングデスクを囲んでいる六人の人間は、当の雲雀本人と、そして相棒である緑色のカメレオンを帽子のつばに乗せたアルコバレーノの二人以外は、皆揃って、険しい表情をしていた。

「実感は湧かないかもしれないけど、彼自身の生死に関わることだからね。……ドクターの見解は?」
「あ? いきなり人に話振るなよ」

 行儀悪く脚を組み、配られたファイルを捲っていた男は、大仰に驚いて見せてから続けた。

「ま、オレも似たよーな意見だな。白い装置から出したとして、そのままICU並みの機材が揃った施設にぶち込めるならともかく。……って、待てよ」

 そこで一旦言葉を切り、ファイルの中程のページを再び確かめた男が、唸った。

「……ぶち込めたところで、可能性は半々、だな。このデータが正しいとしたら、出血の量がヤバすぎだ。裂傷の数も半端ねぇ」
「……っ、それでは」

 黙って聞いていられなくなったのか、風紀財団副委員長を勤める男が、声を上げた。

「雲雀は……」

 目の前の科学者と医師に対し、彼が問わんとしていることは誰の目にも明らかで、けれど誰一人として、その先を促してやることは出来なかった。尤も、問われたところで、科学者も医師も、そのどちらともが、既に「保障は出来ない」ということを、明言してしまっているのだ。

「……草壁さん」

 重苦しい沈黙の中、次に声を発したのは、ボンゴレ十代目を継いだばかりの少年だった。
テーブルの上に置かれたコーヒーカップを握り締めるようにしている両手には、包帯が巻かれている。――ほんの幾日前に終結したミルフィオーレとの戦闘で負った傷が、未だ癒えていないのだ。けれど少年は、その傷を押してこの席に臨んでいた。己に課せられた義務と果たすべき役割に自ら気付くことが出来る位には、この十年後の世界で繰り広げられた戦いは、彼のことを成長させていた。

「まだ、可能性の話です。……勿論危険はあるし、心配だけど、でもこのままじゃ」

 一息にそこまで言って、ぐ、と唇を噛んだ少年は、茶色の瞳を、雲の守護者へと向けた。

「ヒバリさんは、どうしたいですか?」

 全員の視線が、ただひとりに集中した。

「僕?」
「はい。あの装置を開けるか……、それとも」

 少年は、再度、唇を噛んだ。
――それとも、なんて。本当は、そんなもの選択肢として提示してはいけないのだ。提示するべきではないのだ。耳の傍らで、胸の奥で、そう囁いてくる「声」が、聞こえる。

(……ッ、うるさい)

 今までにも何度も感じたことがある、それによって命を救われたこともある「声」)に向かって、超直感と呼ばれる感覚に向かって、ボンゴレ十代目は心の内でそう叫んだ。
今だけは、その「声」を聞きたくはなかった。風で木の葉が吹き揺らされるような、水面が波立たされるような、ざわざわとした悪寒じみた予感ばかりが増殖し、胸を満たしていく。


「――話をする必要なんて無いよ」


 視線が集まるだけでも厭わしい、と言わんばかりに息をつくと、渦中の少年は立ち上がり、眼鏡の青年を見遣った。

「あの白くて丸いの。僕の分は、今のままでいい」

「……今のまま、って」

 テーブルから離れ、既に扉へと向かい始めていた雲雀の背に、戸惑ったような声が掛かる。

「咬み殺されたいの?」

 うるさいな、と呟いて、雲雀は振り返った。






「もう決めたよ。僕は、ここに残る」








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