通された部屋は明るく、薔薇の芳香が香っていた。
黒い双眸を巡らせた雲雀は、しばらくして、それの正体を見つけ出した。――半分開かれたままになっていた扉の向こう、この屋敷の主の寝室に置かれた花器の中に、薔薇が活けられていたのだ。
香りに誘われるようにして足を踏み入れた部屋は、数ヶ月前に訪れたときと、そう変わっていないように見えた。古く堅牢な造りの屋敷と、先々代、先代、そして今の主へと受け継がれてくる間に飴色の光沢を帯びた、調度品の数々。丁寧に手入れのされたそれらが醸し出す空気は決して不快なものではなくて、ふ、と息をひとつ吐くと、雲雀は深緑色の布が張られたソファへと腰を下ろした。
指を伸ばして、自分をここへ誘った香りの源に触れる。
――青味がかった、薄紫色の花弁。
さらりとした表面は少しだけひやりとしていて、気持ちが良い。
花になど興味を持ってはいない雲雀の目にも、この薔薇が上質なものであることは、簡単に見て取れた。
一輪一輪の凛とした立ち姿と、緑の茎の伸びやかな様子。そして青い花弁の、繊細な造り。大輪を咲かせているものも美しかったが、雲雀の目を引いたのは、蕾がほどけかけたばかりの、未だ開ききっていない、一輪だった。
指の腹で、雲雀は蕾の切っ先を撫でた。
未成熟さを感じさせる頑なな固さは、けれど同時に、触れている内に壊れてしまうのではないだろうかという危うさも併せ持っている。
指が薔薇の冷たさと感触を覚えてしまう位の回数、蕾を弄ることを繰り返してから、雲雀は手を引いた。別に、その仕草の繰り返しに飽きた訳ではない。……ただ、自分へと注がれた視線に、気付いたからだった。
「ディーノ」
呼んでも、返る言葉は無かった。
ソファに座ったまま近付いてくる相手の顔を見詰めていた雲雀の頬に、添えられた手。
たった今まで触れていた蕾とは違う温かなそれに、雲雀は僅かにだけ、頬を寄せた。
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