「なあ。実際のところ、九十一パーセントってのは、どうなんだ?」
「……どうなんだ、とは?」







 雲雀が去り、それを追って草壁が去り。
「とりあえず、お開きだな」と宣言したリボーンに連れられてツナが退席した後、残された二人――入江正一とドクターシャマルも、ミーティングルームを後にしていた。



 殆ど初対面に近い二人は、当然ながら、連れ立って歩くような親しい関係にはない。
けれど、取り敢えずの目的地、すなわち他階へと向かうエレベータへ続く道程が一本しかなかったため、並んで歩いていたのだ。そしてシャマルが口を開いたのは、その途中のことだった。

「だーかーら。もしこのまま、他の奴らと一緒に、ヒバリが過去に戻ったとしたら、だよ」

 今しがた行われていた会議の席で、草壁が口に出来なかった疑問をあっさりと煙草の煙と共に吐き出してみせた希代の不良医師の横顔を、正一は見遣った。

「優秀な医師であるあなたが、分からない訳がないと思うんですけど」
「んだよ。頭のかてー兄ちゃんだな」

 咽喉の奥で笑って、もう一度ゆっくりと紫煙を吐き出すと、ふと目を伏せて、シャマルは続けた。

「まぁ、なんつーかアレだ。医者にもな、一縷の望みみてーなもんが必要になるときがあんだよ。……聞いといても、無駄にはなんねーだろ?」
「……、それは、」

 シャマルの言葉を受けて、正一の眉が、寄った。
反射的に腹部に掌を添えたのは、どこかしら線の細いところがあるこの若い科学者の、癖のようなものだ。


「分子分解処置及び停滞保存処置完了時に、九十一パーセント損傷していた肉体。……それを、そのときの状態のまま、白い装置の外に出したら、どうなる?」


 容赦なく重ねられた問いに、正一は押し黙った。
……今度こそ本当に、腹が痛くなった気がする。なのにどうやら、相手にはそんな正一の事情を考慮するつもりは全く無いらしい。


「あの装置を止めて時流の停滞を正常に戻せば、十年バズーカの効果で、暴れん坊主は問題なく過去の世界に戻れるだろうな。……だが、この時代の雲雀恭弥は?」


いつの間にかシャマルの声からは、揶揄めいた響きが消えていた。


「……真っ当な状態で、出て来れるのか?」
「それ、は……」




 張り詰めた空気に、正一が呻くように呟いた瞬間、場違いな程に明るい電子音が響いた。二人の前で、音もなくエレベータの扉が開く。

「……続きは後にすっか」

 ふう、と苦笑めいた溜息を漏らして歩を進めたシャマルに反し、正一は、立ち止まった場所から動かなかった。

「おい?」

 扉閉めちまうぞ、と促され、ようやくエレベータに乗り込んだ正一は、壁に寄り掛かると、手に持っていたファイルをきつく握り締めた。



(……どうなるか、だって?)



 そんなの、どうなるもこうなるもない。

「そのまま」出てくるだけだ。

この時代の、二十五歳の雲雀恭弥は、「白い装置に納められたときの状態そのまま」に、出てくるだけ、だ。


 幻騎士との戦闘で負った傷、失った血液。
そして、入れ替わりの瞬間に喰らってしまっていたかもしれない、一撃。


 医師の指摘通り、十五歳の雲雀恭弥は、白い装置を解放し十年バズーカの機能が正しく働きさえすれば、何の問題もなく、過去の世界に戻れるだろう。……けれど、この時代の、雲雀恭弥は。



『損傷率、九十一パーセント』



 正一は、唇を噛んだ。……保障なんて、どこにもない。

 確かに雲雀は、戻って来る。白い装置から解放されれば、分子分解されていた身体は再構築され、すぐにでも、戻って来るだろう。……でもそれは、あくまでも物理的な、身体だけの話だ。無事に戻るか、なんて。




『損傷率九十一パーセント』とは、そういうことだ。




「命を取り留めた状態で」彼が戻るのか、なんて。


そんな保障、現状に於いては、誰にも出来ないことだった。











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