ニットーモケイ

走る! G.D.Graman F−111   



 素晴らしき傍流の開拓者、もしくは「王国的ニットー論」

 唐突ですが、貴方は「日東科学教材」派ですか、「日東科学」派ですか?あるいはまた「ニットーモケイ」派、「ニットー」派「NITTO」派ですか?特に他意はなく、単に貴方が一番ピンとくるニットーの呼び名を伺っただけなのですが、夫々に思い入れ深い響きを感じる中堅メーカーでしたね。かつてのプラモデルメーカー「ニットー」が正式に社名を変えたのは1970頃に「日東科学教材株式会社」から「鞄東科学」に変わった一度きりですので、今挙げた各種の呼び方は特に正式に会社名が変遷していった経緯でも何でもなく、単に箱の通称表示が変わったり、模型雑誌の記事に於ける’通り名’的呼び方であったりというだけなのですが、このメーカーに関しては方々夫々に最もしっくりとする呼び方があるのではないでしょうか。
 また、特にその通称の時期とリンクするわけではないのですが、特に年長のモデラーさん達にとっては、このメーカーのリリースした数多くの名キットが幾つも幾つも記憶の中に鮮明によみがえってくる事と思います。

 1960年代中期、このメーカーのラインナップはモーターライズの自動車、無動力を中心とした各種軍用機、魚雷艇などの比較的小型の船舶模型など、堅実さこそ感じさせるものの特に突出したカラーを持つメーカーのようにみえなかったのは事実です。しかしよく調べてみると、そんな中にも後に他社とは一線を画す特色ある自社路線に向かう片鱗を垣間見ることができます。
 スタント遊びが出来る「リモコンスタントカー」、当時他社に例を見ない1/12〜1/20の各種「オートバイシリーズ」、単にプロペラが回るだけでなく新案爆音装置付きの「TBFアベンジャー」、水中モーター以前に艦船用汎用航走ユニットとして発売された「マリントレーラー」、アーミー関連といえば走る戦車全盛期で、タミヤのドイツ戦車兵すらその発売までにまだ数年を要するその時期にあって、既に各国兵士のフィギュアを7人1セットでシリーズ化していた「コンバットシリーズ(コンバットセブン)」等々。つまりオールラウンドに亘って他のメーカーが後に追随するジャンルを次々に開拓していったメーカーであったわけです。

 しかし、何故か常に先陣を切って時代を開くリーディングカンパニーという印象はありません。強いて言えばわが道を行くというスタンス、あるいは、語弊覚悟で別の言い方をすれば「積極的に流行の傍流としてのジャンルに身を置いて切磋琢磨する姿勢」とでもいうようなベクトルを保ち続けた会社であったように思われます。妖怪シリーズ然り、ゼンマイやモーターの怪獣シリーズ然り、独自の路線を開いた旅客機シリーズ然り、極初期の61式中戦車と後期のミニスケール・ディオラマを除いては決して「戦車」をラインナップに挙げる事の無かった同社のAFVシリーズまた然りです。そして最後に同社のトリをとったSF3Dシリーズも又、本来一点ものでこそあるオリジナル・スクラッチビルド・モデリングの造型をそのまま大量インジェクションキットとして世に問うという異端の企画でした。そもそも大量のジャンクパーツを流用したデッチアップスクラッチである原型の、例えば1/20カーモデルのショウアップ用小道具である1/20一眼レフカメラが、そのまま兵器のメカニズムユニットとして判別できるというパラレルワールド的メタモルフォーセスの造型は、先に述べた「積極的 に流行の傍流としてのジャンルに身を置いて切磋琢磨する姿勢」が実はメーカーの確信犯的自我として現れたものであるという思いを強くさせます。しかもその多岐に渡る具現の対象は、一つとしてこのメーカーにとって安住のジャンルとなる事は無かったようにも思われるのです。ローリングストーンズギャザーズノーモス=転石苔むさず。それは決して磐石の自社独自路線を築けないわけではない技術を有しながら、遂に流行や安住に身を委ねる事の無かったこのメーカーにこそふさわしい言葉ではありませんか。

 ニットー、それは確固としてどこのメーカーにも似ていない屹然孤高のメーカーであったのです。

 そんなニットーが1967年にリリースしたのが今回御紹介するこの「F−111」です。当時日本のメーカーが動くプラモデルのアイディアと対象を貪欲に探していた丁度その時期に初飛行したこの機体は、今にして思えば将にモデル化するにはうってつけの素材であったように思いますが、意外にも正統派モーターライズキットとしてリリースしたのはニットーが唯一でした。飛行機プラモデル、殊にレシプロ機においてはプロペラをモーターで回すというコンセプトは当時極めてスタンダードな技法でしたが、一方で目で見てインプレッションの強い「プロペラ」の如き可動部がないジェット機という素材は、あくまでも精密ミニチュアという範疇でしか捉えられていなかった為・・、というのをその直接の理由とするのは至極妥当かと思われます。しかしそれはあくまでも、「他の多くの会社がそうしなかった理由」に過ぎず、逆にニットーがこの機体をこういった形で実体化させて見せた理由を説明するものではありません。

 あらためて自問してみましょう。なぜニットーだけがこの魅力溢れる戦闘機をユニークなプラモデルとして完成できたのか、と。それは様々な動くプラモデルをリリースしてきた高度な技術とその知見という「シーズ」と、それを現実世界でどのように活かして見せるかという「ビジョン」が有機的に掛け合わされた結果であるといえるでしょう。不思議な事に今から30年前の動くプラモデルは、一世を風靡したと漠然と思われながらも、その実決してリリースされた全てが謳い文句通りに可動したとはいえない影の側面もあった事は見逃せません。動かない戦車、ガタガタの戦闘機、組み立て説明書通りに組んでも決して自動浮沈なぞしなかった潜水艦等々。しかしここで再度お聞きします。歩く怪獣にしろ、ラセンドラムで進むSF戦車にしろ、ジェットの爆音を轟かせる軍用機にしろ、当時ニットーのギミックプラモデルのメカを原体験として作った方達で、このメーカーのキットでカタログデータ通りに機能しなかったプラモデルを記憶されている方がおられるでしょうか?確かに当時のプラモデルは、多少はぎこちなかった点はあるにしても、です。

 ジージーと異音を発して翼を開閉しながら滑走を続けるこの飛行機は、決して年長者にアピールするものではなく、当然小学生レベルのユーザーを意識したキットであることに異論は無いでしょう。しかしそれを実現する機械技術と、あくまでもプラモデルという手段で実機を模型化する上での設計技術、そしてそれらをどのレベルで融合させるかといったバランス感覚は、微塵も陳腐ではないのです。そういった優れた技術をして子供向けプラモデルを次々と送り出していったニットーという素晴らしいメーカーが存在した事は、我プラモデルの王国にとっても貴重で誇らしげな歴史であったと感銘せずにはおられません。

 街のとある古い模型店のおやじさんが、ニットーの倒産に際して一言ぽつりとつぶやいたのが忘れられません。「私にとってはあのメーカーが無くなってしまうなんて事が起こるとは、今でも信じられないんですよ。」と。何故頑なに傍流であり続けたのか。何故それほどしっかりしたアイデンティティと技術を持ったメーカーが姿を消してしまったのか。社屋焼失、時代の変化、マーケットリサーチの失敗と理由はあるでしょうが、理由を知りたいと言う意味の「何故」ではなく、消えてしまったものへの愛惜を込めての「何故・・」という想いが尽きないメーカーです。

 ところがどっこい、ニットーは消滅してしまったわけではありません。教材メーカー・・、その名も「日東科学教材」として現在もその命脈を繋ぎ続け、「時至ればまたプラモデルを作るよ。」と言っていた社長さんの想い通り、昨年からあの同社渾身のSF3Dシリーズの再版を開始しました!版権問題等の翳りはあるものの、金型譲渡の別メーカーからのプラモデル再版ではなく、将にあの「(新生)日東」からのリリースに他なりません。永きに渡って困難なものに挑戦してきた同社の、そして同社社長の新たなる出発です。これこそニットーが我々に主張し続けたあの、ローリングストーンズギャザーズノーモスの精神の再びの覚醒であると実感しつつ、今回のキット紹介をさせて頂きます!



 当時のニットーのメカ&SFキットのハイセンスさを遺憾なく表出する長岡秀三(後の長岡秀星)氏の秀逸なテクニックでイラストレートされた本キットのボックスアートです。可変翼を最大限に開き、アフターバーナーを全開にして離陸する手前の機体と、バックに控える主翼を畳んだ機体の対照が印象的なパッケージは、永久タキシングキットであるこのプラモデルの魅力を最大限に加速しました。

 よく見ると、二つの機体に搭載されたミサイルは、機体軸と常に平行に軸線を調整するピボット式パイロンのメカを忠実に再現しています。キットにミサイルは付属していませんが、恫喝的なオレンジ色のフェニックスミサイルも魅力満点ですね。因みに後にF−14で花開くフェニックスが最初に搭載される予定だったのが同じこのF−111の海軍仕様(B型)でした。つまりこのイラストはUSAFの機体にUSNAVYのミサイルが搭載されているという体裁ですが、巷のメカマニアの間でそんな事が取り沙汰されるのはこのキットが絶版になってから四半世紀も後の事であり、当時この図柄は特徴的な要素を効果的にミクスチュアした計算された構図という長所こそあれ、購買意欲に関する何らウィークポイントにはならなかった事は事実です。さらに一歩踏み込んで考えるとこれは他ならぬ当時のマクナマラ国防長官発案の米国空海軍戦闘機統合計画の申し子であったF−111の、予期せぬ副産物と言えるかもしれません。



 ボックスアートを堪能されたあとは、皆さんの最大の関心事かと思われるこのキットの心臓部であるメカニズム回りをじっくりと御覧下さい。

 当時の殆どの子供達はF−111なる超音速戦闘爆撃機が存在する事をまずこのキットで知りました。最初は(雑誌の模型広告を除き)何の予備知識も無く模型屋さんの店頭でこのプラモデルを発見し、そして箱絵の解説を読み、箱を開けて「見た通り」のキットの要目を観察し、そしてこの組み立て説明図のカラクリ図解から実物と模型の双方の実態を的確に捉えたのです。

 その力は学校の授業で習ったものでも親から教えられたものでも、テレビから刷り込まれたものでもありません。自分自身が他ならぬプラモデルを作って得た知見と、雑誌の口絵から仕入れたメカや兵器の情報、という二つの要因を元に会得した「心眼」でした。

 ここで言う「心眼」とは、笑いを取ろうとするオチャラケではありません。今ほど裕福でなかった当時の子供達にとって、プラモデルを買うという事はまさに真剣勝負でした。その判断基準の一つが他ならぬこの組み立て説明図の読解だったのです。当時インストとは組み立て手順の図解である以上に、メーカーにとってはキットのギミックの設計エビデンス(証拠書類)であり、ユーザーにとってはその判断材料だったのです。子供達は自分の目でそれを確かめ、買うか買わないかを真剣に検討したものでした。

 今、もう一度その時の目でこのギミックの設計の良し悪しを判断してみてください。よってこの部分の解説は敢えて控えさせていただきましょう。



 キットの全貌です。簡潔に纏められた部品構成ながらそのフォルムは的確で美しいものです。右端の胴体下部部品のインテーク内側・機首付根付近に、F−111空軍仕様初期型(F−111A、F−111C)特有のトリプル・プラウTを示すスプリッタープレートがモールドされているのは感動モノですね!

 当時のニットーの特色であるビニールパッケージの多色刷りのタグも懐かしいものです。

 写真ではちょっと分かりにくいかもしれませんがデカールのシリアルナンバーは「39566」ですが、王国研究グループではこれに該当するF−111は現時点で確認されていません。原型1号機のシリアルナンバーが「39766」である事から、その間違いかと思われます。一方でボックスアートのシリアルナンバーは「39774」ですが、これも現時点で写真では未確認ながら、NASAが遷音速機技術(TACT)計画で使用した機体が「39778」である事から、こちらは実在した可能性が大きそうです。



 当時のモーターライズギミックプラモデルの中でも群を抜く点数を誇るプラスチック以外の部品群。しかも大小ゴムタイヤとリード線以外は全て金属部品です。下段中央の主脚カバーは型押し成形の金属板で、胴体モールドと同じスカイブルーに着色されています!但し、その右隣のギア付き主脚シャフトは残念ながらオリジナルではなく、当王国復元部が調達した補填部品である事をお断りしておきます。

 モーターライズの心臓部であるギアボックス及び走行機構部分はモーターのピニオンを含めて14個の各種ギアを(モーターシャフトを除いて)5本の軸部品上に組み合わせたシステムとなっています。またギアボックス本体には防錆処理が施されていて今現在も新品同様の品質を保っていますが、これは「今もって錆びていない事」以上に「そこまで品質にこだわった当時のメーカーの姿勢」そのものに驚きを禁じ得ません。

 しかし更に驚くべきは、少年キング1967年12月3日号(No.49)掲載のニットーの以下の広告です。

         すばらしいアクション!■走る F−111
         特殊なギヤー装置で、自動的に前進・停止をし、走りながら主翼を開いた
         り閉じたりします。更に低速・高速の切りかえもすべて自動的にできます。 
         モーターRE-14S・ギヤーなど本体に取付けずみ・単3電池2本使用 
         (モーター付)¥600

 今回ここで御紹介したキットは¥350のモーター別売りバージョンですが、上記の記事はそれ以外に、更に凝ったギミックを有するF−111が実在していた事を示しています。それは一体どのような設計のギアボックスだったのでしょうか。単純な走行と翼開閉ギミックだけでも写真のように比較的複雑なギアボックスを必要としたにも拘わらず、更にGO&STOP、低速高速切り替えを実現したというギミックに非常に興味をそそられますね。先の広告の文章読解をすると、多分「低速高速の自動切り替え」とは、翼前進時−低速、翼後退時−高速という翼可変位置とスピードの連動の事ではないかと想像されます。30年以上も前の我国で発売された幻のスーパーギミックですね。




 F−111の最大の特徴であるVG(可変)翼可動ギミックの検証です。実機同様主翼前縁の「戸袋」であるWCTB(ウィング・キャリー・スルー・ボックス)内に設けられたピボットを支点に開閉する主翼は、後退角16度〜62度(実機は16度〜72.5度)の範囲で可動します。

 実機ではピボット前方の主翼部分に連結されたアクチュエーターが翼の開閉をコントロールしますが、このキットではクランクに連結された金属プレート(インストの部品名表では「アーム」と記されています)を介して両翼のリンクを動かす三重リンクという凝った設計になっています。横置きギアボックスから垂直方向に伸びるクランク、そのクランク軸と絶妙に組み合わされたリンク機構、それは将にニットーの御家芸である四足歩行メカの流れを汲むものであることがお分かりいただけるでしょう。



 その他各種パーツの取り付け説明です。基本的には小学生クラスのユーザーを念頭に置いたアクションプラモデルである為走行用ギアを組み込んだ主脚部分のバルジや強度を持たせる為に金属部品で強化した前脚といったスケール感を損ねる部分はあるものの、逆に特徴あるジェットノズルの2段階の絞込みを再現する為にその部分を前後二分割としたり、張り出し角度が付いている為に胴体と一体成形に出来なかったフィンを別部品にするなど、少ない部品点数で効果的に実機の特徴を再現していますね。

 こんな所にもニットーの「動くプラモデルとスケールモデルのバランスの哲学」が感じられます。



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