フジミ模型
1/3スケール イギリス戴冠式王冠 聖エドワード王冠
今回御紹介するキットのメーカーであるフジミ模型株式会社は、印象的なその舵輪のマークが語るように艦船模型を得意とし、昭和30年代後半から40年代にかけては1/550を中心とする連合艦隊の細密艦船シリーズで磐石の基盤を築いたと伝えられています。しかし当時既に船舶模型以外にも「ロールスロイスファンタム」等の高級乗用車シリーズや、1/44から1/50というように統一されていないスケールによる所謂「箱スケ」のモーターライズ戦車であるナショナルタンクシリーズ、あるいは国際標準ではなく日本国内でのソリッドモデルに則を取ったと思われる1/70というスケールで日米の戦闘機12機種を揃えたワンハンドフライトシリーズなど、多岐に亘るシリーズを展開していたメーカーでもあります。 そんな同社が同じ時期に発売していたもう一つのフジミカラーを演出したシリーズに「金閣寺」をはじめとする日本の有名歴史建築シリーズがありました。飛行機にしろ自動車や船にしろ、一般的に言うメカニカルな乗り物がプラモデルの主流を占めていた当時、このストイックな雰囲気を漂わせるシリーズは、相原模型の兜シリーズと双璧を成すシニア向けキットとして、プラモデルの一ジャンルを築いたのです。 動かして遊ぶプラモデルでなくても歴史的,美術的に価値のあるアイテムによるミニチュアモデルというジャンルが市場で成立しうるという確信がやがてこの「聖エドワード王冠」というキットを生み出す母体となった事は容易に納得のいくところです。 我国のプラモデルメーカーがモデル化の対象としてあらゆる可能性を探り、貪欲に自社オリジナルジャンルの版図を広げようとしていた時期にあって、このフジミというメーカーだけが王冠と言うアイテムをプラモデルの歴史に刻んだのは、そのような下地に象徴される同社の、大人の視点を持った社風によるのではないかと感じます。そういえばキットのアイテム選択だけではなく、同社のキットのモールドや設計思想においても、曖昧さや暗愚さといったものを感じさせるキットが一つも無いことに思い至ります。 しかし一方で歴史はもう一つの冷徹な事実を物語ります。前述した建築シリーズや、その後各社からもリリースされた日本の名城や水車小屋あるいは峠の駅といったストラクチャーシリーズとは異なり、この王冠と言うアイテムはその後フジミは下より他社からもリリースされる事はありませんでした。その理由を探る前にこのプラモデルが日本という国に於いて一体どのように扱われたのかを想像してみるのがよいかと思います。 多分このキットを購入したユーザーの年齢は比較的高かったに違いありません。一時わいわいと遊び倒され、最後は2B弾の餌食になる戦車や戦艦とは扱いを異にし、大事に家の一角に飾り置かれたエドワード王冠は多いはずです。家具調テレビの上、デスクの片隅、あるいは大型人形ケースの上座であったかも知れません。それらは旅行土産の「友情ペナント」や東京タワーペン立てやコケシや西洋人形と同じく、家庭の雑多な装飾置物として扱われたでしょう。高度成長期の日本の津々浦々の家の中で自分の安住の座を占めながら、しかし一旦とある場所に収まってしまうと積極的には顧みられる事のない置物達の中で、実物の1/3のちっぽけなプラスチック製イミテーションは決してそれ以上のものになる事はなかったのです。いかに贅を尽くした作りを模倣しても、いかに西洋の荘厳な歴史の形を庶民の掌の上に現出させようとも、いや、そもそもの模倣の対象が豪華で手の届かぬ程の高貴なものであればあるだけ、それは模型という性質を逸脱してチープなイミテーションと見做なされる運命(さだめ)にあったとは言えないでしょうか。そのような「王冠プラモデル」なるものは、前述した家具 調テレビや人形ケースやペナントといった飾り物仲間が日本人の生活から消えて行ったのと時を同じくして、家の中の風景からその姿を消していったのです。 しかし皆さん、プラモデルという市場、即ちそれを構成するユーザーのホビーの意識が成熟した今、再度純粋なミニチュアモデルの妙をピュアに楽しむと言う意味で、このキットの体現した魅力を見直す時期が来たとは考えられないでしょうか。戦闘機の精密なツインワスプエンジンや戦車のグリルメッシュのエッチングパーツが今やっと辿り着いた精密ミニアチュールモデリングの楽しみは、実は四半世紀も前のプラモデルの王国の歴史に既に息吹いていた事を我々に再認識させてくれるこの「聖エドワード王冠」は、将に隠れた逸品といえるでしょう。 | |
威風堂々たるパッケージを見せる「聖エドワード王冠」のキット。タミヤMMシリーズの十八番(おはこ)のように思われがちなホワイトボックスのパッケージですが、先だって御紹介したイッコーモケイの「クリアータンク」をはじめ少なからぬキットがそのスタイルを取っています。但し、純粋な白箱の意匠は少なく、当時のキットの多くはメインとなるアイテムに何らかのバックのデザインを重ね合わせています。このキットでは緋毛氈を連想させる赤の帯を王冠のバック下方にデザインし、どっしりと安定したバランスと荘厳な雰囲気をうまく演出していますね。日本語表記を小さくして「St.EDWARD CROWN」の英文表記を全面に出しているのは、海外、特に欧米への輸出を意識した部分が大きいと思われますが、日本国内での販売に際しても英国王室の戴冠式用王冠というアイテムの性格をうまく掴んだ名ボックスアートデザインだと思います。 また、キットの写真でもイラストでもなく、実物の「聖エドワード王冠」の写真を使った所にこのキットの縮小レプリカという商品コンセプトが強く主張されています。 このキットの箱のサイズは縦322ミリ、横233ミリ、深さ60ミリと結構な大きさですが、価格は600円です。箱の大きさは当然中身のキットの梱包必要サイズと深く関係するわけですが、プラモデルに限らずもう一つ価格帯というファクターが箱のサイズに拘わってくる事を考えた場合、パーツサイズに対して必要以上に大きいと感じられるこのキットの箱の大きさは、どちらかと言えば当時の価格帯にリンクした箱サイズであるように思われます。 | |
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キット全景です。ボックスアートの所でも触れましたが、十分に余裕を持った梱包サイズが分かりますでしょうか。部品押えのタグには「権威と富の象徴、それが王冠です。聖エドワード王冠は英国で最も神聖な戴冠式王冠で、2783個のダイアモンド、277個の真珠17のサファイア、11のエメラルド、5のルビーからできています。」と記されています。(注:真珠とサファイアの解説文の間に’点’がないのは原文のママ) 箱組はいたって堅牢で、上蓋をした状態では親指と人差し指で箱のヘリを厚み方向に挟んで(箱を重ねて重量をかける状態)つぶす事も、まず出来ないほど頑丈な作りです。 | |
燦然と輝く黄金を模したメッキ部品の威容を御覧下さい。日本のプラスチックモデルの特徴あるカテゴリーの一つに、豪華さを強調した金メッキバージョンがあります。例えばお城のプラモデルでもランクが一つ上の「ゴールデン姫路城」なるものがそうですが、そういったプラモデルが装飾効果を狙ったオブジェ的表現であったのに比べて、このキットのメッキ表現は正真正銘の金をモデル化したキンキラキンの部品です。そう思うと、「ゴールデン○○」といったものが何か悪趣味な俗っぽさを感じてしまうのに比べて、このキットの輝きは将に正当な黄金の証しとでもいえるでしょう。 ああ、目がくらみそうじゃありませんか・・・・・。 | |
左から順番に透明部品、赤色透明部品、青色透明部品、緑色透明部品(青と緑は同じビニール袋に同梱)、乳白色部品からなる豪華絢爛前代未聞の宝石群。各色は透明=ダイア、赤=ルビー、青=サファイア、緑=エメラルド、白=真珠で、(部品点数ではなく「粒」として見分けられる数として)其々ダイアモンド208個、ルビー、サファイア、エメラルド各23個(この3種は同一のモールドとして成形)、真珠489個という膨大な数となり、他に例の見ないラグジュアリーな部品構成を誇ります。 キット全景で紹介したタグにある説明と各宝石の数が違うのは、赤パーツ青パーツの中に各4個ずつ「赤ダイア」「青ダイア」なるものが一緒にモールドされている事、大粒のルビー、サファイア、エメラルドの回りを飾る小粒の装飾ダイアが台座となるメッキ部品の丸いモールドで省略されている事、真珠のモールドの大きさが一定で必ずしも実物の王冠の真珠の大きさと一致していない事、赤青緑のパーツが同じモールドで共有されていて未使用部品がある事、などがその理由です。 | |
各宝石部品のアップです。直径4ミリのダイアモンドのピントが若干甘いのは勘弁していただくとして、それでもきちんとカットが施されているのが分かると思います。 その隣のルビー、サファイア、エメラルドは前述のように同一モールドの部品です。写真はそのうちの最も大きい長径7.5ミリのものですが、プラモデルのスチロール樹脂とは思えない妖しくも華麗な光をたたえていますね。 最後は右端の真珠パーツです。真珠は王冠上ではベルト状の装飾として使われている為に組み立ての便宜を図って最初から帯状に成形されていますが、この質感にもメーカーの意気込みが感じられます。これ以外にもっと大粒のものもありますが、それは光の透過が弱くなる分、より一層の真珠の質感が出ています。 | |
キットに付いているメッキ部品用接着剤2本。メッキ部品を使ったプラモデルは数多くありましたが、普通の接着剤で接着するとメッキ部分の表面だけがくっ付くのみで内部に浸透しない為、完成後にぽろぽろと部品が剥離してしまう為、メッキ部品は接着面を一旦剥がす必要がありますが、このキットの本体は全てメッキ部品であり、且つ接着する部品の殆どが極小さなものでもあり、フジミはこのキットに専用の接着剤を同梱したのです。この辺にもメーカーの真摯な態度が感じられます。 同じ時期に作られた同じチューブ入りの接着剤ですが、一方は完全に固化しているもののもう一方は十分に粘性を保っており、チューブのおしりから少量搾り出した所何とか実用に耐えそうな気配です。僅かな機密性の違いからこんなに差が出るものなのですね。 余談ですが、完全に固まった方のチューブの表面には何やら得たいの知れないカビとも緑青とも違う錆状の物質が吹いています。メッキ用の浸透性の強い接着剤特有の現象なのでしょうか。ちょっとミステリーです。 |