

7月21日(金)Castro -Urdlales 27.2km
今日からマティウスがいないので、先に一人で出発する。
最初の道は、サイクリングロードのような道で、鋪装されているが、車も自転車もほとんどなく、安全な道で歩きやすかった。
10kmほど行ったところの休憩所に、四人組と、ロザリオがいた。
一本道なのに、後からきた人たちが、私より先に着いているなんて、おかしい。 どうやら、車で途中まで来たようなのだ。
四人組は、無理をしない。 これは女性軍の意見なんだと思う。特にドリーとマティルダの。
だから、たまにバスを使うこともあるらしいのだ。
昨日ペドロ&ロザリオが到着してからは、ますますその色が濃くなってきた。 ペドロたちは車で来て、彼はほとんど歩かず、サポーターのような格好だった。
巡礼には、いろいろなスタイルがある。 こうでなければいけない!ということは何もない。
基本は、歩いて巡礼することだが、けっこうバスに乗っている人もいるし、泊まったアルベルゲから、次のアルベルゲまで、荷物をタクシーで運んでもらい、手ぶらで歩く人もいる。
それぞれに似合った巡礼をすればいいと思っている。
私はと言えば、なるべく歩きたいし、荷物も持ちたいと思っている。これは私が決めたルールであって、他の人がそれをしないからと言って、ズルイとは思わない。
ただ、歩き終えた時には、私の方がきっと満足感があるのだ・・・・・・と信じて。
海のそばの村に出たところで、ロベルト&ルルデスも追い付いてきた。
水飲み場にいると、制服を着た女性が近づいてきて、吸い殻入れの容器をひとりづつにプレゼントしてくれた。
同じ形のものを、ドリーは以前から持ちあるいていて、たばこを吸う彼女たちは、巡礼中はその容器に吸い殻を入れていた。
そして、近くに朝食を食べられる海に面した店を紹介してくれたので、ぞろぞろと行ってみた。
海のそばのテーブルに席を取ると、最近顔見知りになってきた、ドイツ人のアレックスと、昨日出会ったぬ
いぐるみのパブロもいた。 パブロはドイツ語が堪能なので、お互いに話が弾んでいるのだろう。
あとから、やはり昨日のアルベルゲで一緒になった、フランス人の親子三人組もやってきた。
それぞれのグループに分かれて、思い思いの朝食を食べ、海を眺めていた。
この頃から、私はマティルダとすっかり意気投合してきた。
笑いのツボが同じなのだ。 最初は変なおばさん!と思っていたんだけど!!
つまらないことに共にゲラゲラと笑ってしまう。
「私は50歳なの。あなたは何歳?」
耳元でこっそり教えてあげると今度は・・・
「このグループに、好みの男性はいる?」
そんな質問をしてくる。 そんな話はヒソヒソ話になるので、二人でコソコソやっていた。
「このグループにはいないけど、ちょっといい感じの人には会ったよ。」
「えっ?だれだれ?」
「ラファだよ!」
「知らないわぁ〜。誰なのかしら?」
「今度会ったら教えてあげるよ!でも、これ秘密だよ!!」
急に神妙な顔つきになり
「うん、わかった、秘密ね。誰にも言わない。」
たっぷり休憩を取ったあと、またみんなで歩き出した。
まるでイベリア半島のバルコニーのような、海沿いの崖の上を歩く。
天気もいいし、気持ちがいい! ああ、来てよかった! やっぱり海はいい!
私はうれしさのあまり
「北の海、バンザーイ!」
と叫びながら歩く。まわりのみんなも笑っている。
しばらく歩くと馬が二頭いて、喉が渇いているようで、ほんの少しの水をなめていた。
ロベルトとルルデスは、馬に水をやるために、小道の反対側にある水道の蛇口をひねり、水を運びはじめた。
みんなも協力してせっせと水を運ぶ。
バルコニーも終わり、トンネルの出口で休憩。
ぬいぐるみのパブロも来て、一緒に休んでいる。
再びしばらく行くと、車が止まった。
ペドロだった。 ドリー、マティルダ、ロザリオは車に乗り込む。 あと数キロの地点である。
残りの私たちは、ちゃっかり荷物を乗せてもらうことにした。(これも私のルールで、誘われたら断らない)
いつのまにか追い付いたパブロも荷物を載せてもらっている。 パブロは、少々太っていて、いつも汗をかきかき歩いていた。
今日のアルベルゲは、体育館の中の宿泊所で、いくつかの部屋があり、シャワーやトイレもそれぞれ付いているが、ベッドはなく、マットレスだけだった。
人数が多いので、二手に分かれて、私はロベルト&ルルデスの部屋に合流した。
あとからこの部屋に、ぬいぐるみのパブロも入ってきた。
別の部屋には、フランス人ファミリーもいた。
部屋を覗くと、
「こっちにいらっしゃいよ。」
と言ってくれた。
マットレスの上で、ストレッチをして、今日の疲れを取る。
これを毎日やることが日課だった。
それを興味深そうに見ていたパブロにストレッチを教えてあげると、彼はひぃひぃ泣いていた。
汗っかきで、股に汗をかき過ぎて、痛くて仕方がないと言う。
同情すべきところだけど、彼のキャラクターのせいか、おかしくてしょうがない。
見ていたロベルトとルルデスも、クスクス笑っている。
シャワーも浴びて、ひと休みすると、ロベルト&ルルデスに誘われて夕食にでかけた。
今日は、スーパーで買って食べようという。 三人でお金を出し合って、エンパナーダ(ガリシア名物のパイのようなもの)チーズ、ハム、ナッツ各種、ヨーグルト、ジュース。
一人5ユーロ。 海の近くの公園の芝生の上で食べる。
食後は、海のそばで昼寝をしようということになったが、砂浜が見当たらず、50cmほどの幅のコンクリートの塀の上に、縦に並んでしばらく寝てみる。
間違って寝返りでも打ったら、海に落ちてしまうため落ち着かない。
今度は少し歩いてみることにした。 海のそばの小さな丘の上に、遺跡があった。
この町は賑やかである。 観光地なのだろうか。海辺周辺は、たくさんの人が行き交っていた。
そこに、あきらかに一人異質な人がいた。
今日何度か顔を合わせたドイツ人のアレックスだった。
どうやら迷子になってしまった様子。アルベルゲにもたどり着けないようだった。
彼はドイツ語と英語しか話せないので、苦労しているようだった。
「私たちが連れていってあげるよ。」
と申し出ると、彼はうれしそうについてきた。 少し歩いたところで、ドリーとロザリオにばったり出会った。
「一つはビールを飲むグループ、もう一つはアイスクリームを食べるグループに分かれているんだけど、どっちに入りたい?」
アレックスもこの際一緒に連れていくことにし、ロベルト&ルルデスはアイスクリームチームに、私とアレックスはビールグループに合流した。
ビールグループは、すでに海辺のレストランでイワシを食べながら、飲み始めたところで、そこにはドリー、マティルダ、マティルダのダンナのカルロス(四人組のカルロスとは別
人)と、その友達のフェディリコがいた。
カルロスとフェディリコは、今しがた車で到着したようだった。
マティルダは、家族がいるような雰囲気を持っていなかった。自由で気ままな女性に見えたのに、四人組で所帯を持っているのは彼女だけだった。
カルロスはとても感じ良い男性で、マティルダも、今日は少し少女っぽく見えた。
二人の間には、20歳になる娘がいるという。今はイタリアに勉強に行っているそうで、ご自慢の娘らしい。
たくさんビールを飲んで、イワシも分けてもらってワイワイ大騒ぎ。
そこへアイスクリームチームもやってきて、いまや四人組は倍の8人組になり、ロベルト&ルルデス、私とアレックスまで加わって、大所帯になっていった。
アルベルゲに戻ると、ドリーの洗濯物が、隣の敷地に飛んでしまい、棒でも持ってこようか相談していると、アレックスが高い塀に登り始めた。
壁の高さは2メートル以上ある。 そこへスイスイ登ってしまって、向こう側に飛び下りて、洗濯物を拾って戻ってきた。
それを見ていた我々は、あっけにとられてしまった。
7月22日(土)Santona 30.3km
今日も一人で先に出る。
朝のうちに距離を稼いで、あとでのんびりしたいからだ。
彼らは、朝からのんびりするので、私もそれにつきあうと、後半で疲れて歩きたくなくなりそう。
それでも必ず、どこかで彼らに追い越される時がくる。
来た来た!
後ろから集団の気配がある。
背中に気配を感じた次の瞬間、ドリー、マティルダ、ロベルトの三人が、肩を寄せあい、ひそひそしながら私の横を通
り過ぎた。
当然挨拶をするはずなのに、ひそひそ、こそこそしながら、私に気付かないフリをしている。
呆気にとられて、キョトン!としてしまう。私は「オラ!」と言う言葉を用意をしていたのに。
そして次の瞬間、三人示し合わせて、 「オラー!(ハロー!)」 とニコニコしながら振り向いた。
大人なのに!!!!
私はこんなスペイン人がおもしろくてしょうがない。
barで軽く食べた後、海に沿った道を歩きはじめた。
すでに道は、カンタブリアに入っていた。 天気も曇りで、ある意味カンタブリアらしい気候になっていた。
ロベルトとルルデス、三人並んで歩く。 ロベルトは、この地方に20代前半の頃、毎年のように来て、夏の間だけ滞在していたのだという。
その頃に、いろいろな人と出会い、『妖精』について、地元の人たちから教えてもらったのだという。
ここにはたくさんの妖精にまつわるストーリーがあり、スピリチュアルな場所だというのだ。
そして、こんな曇った日が、ここに一番似つかわしく、大好きなのだと言う。
また、カンタブリアを舞台にした映画の話をしてくれた。
ロベルトは、いい人なのかもしれない。 社交的で、話も上手であり、何でもこなす器用さのせいか、私は警戒していたが、意外にも地味な面
も持ち合わせている。 また、なかなか謙虚で、存在感はあるのに、自分を誇示しない。
どことなく、去年出会ったIvanと似ているのだ。同じマドリッド出身ということで、アクセントも話し方も似ているせいもある。
ルルデスもマドリッド出身である。 友達(Ivan)がマドリッドに住んでいると言うと、どこに住んでいるか聞いてきたので、モストレスだと言うと、びっくりして、自分もそこに住んでいると言う。
名前はvanだと言うと、ロベルトとルルデスは、顔を見合わせて驚いている。 今度は、何歳か聞くので答えると、急に安心した顔になった。
なんでも、ルルデスの彼氏の名前がIvanで、モストレスに住んでいるのだ。
私はルルデスに彼氏がいたことの方が驚きだった。
ロベルトとすごく仲が良かったから。
ロベルトとルルデスの二人は10年以上の友達だそうで、キャンプで知り合い、今では大親友なのだという。
カンタブリアの海は、複雑なブルーだった。
いくつもの透明なブルーが重なりあい、深みのある色あいだった。
そのうち、いくつかの村を通り過ぎ、グループが大きくなってきた。
今日は意見が分かれている。 田舎道を歩くか舗装路を歩くか選ばなければならない。
ドリー、マティルダ、ロザリオは車に乗るコース。 私とカルロスは舗装路を歩くことにし、後の人たちは、田舎道を選択した。
田舎道を歩くなら、10km以上よけいに歩かなければならない。いつもなら、そっちを選ぶ私だが、今日はみんなのペースに
ついていけそうもない。
カルロスは、日本のことをよく知っていた。
指圧を趣味でやっている。 日本映画についても詳しく、質問をしてくる。 カルロスは、税務官だそうで、ドリーたちとは社交ダンスの会で知り合い、今は飲み友達だという。
どうやら離婚経験があるようだった。
いつも大人しく彼女たちにくっついているカルロスだが、一人で「歩き」を楽しんでいるようだ。
景色の良い休憩所で休んでいると、
フランス人親子がいた。・・・・・しかし娘が見当たらない。
15歳くらいの娘がいるはずなのに。 聞いてみると、タクシーに乗ったという。
そこへアレックスもやってきた。 それぞれに歩き出すと、カルロスと私は立ち止まった。
メインの通りから外れる道の方向に矢印がある。
そこに行くべきか。
少し考えて、私たちは素直に矢印に従うことにした。 実はそこは田舎道の入り口で、結局私たちも、かなり遠回りをしてしまい、やっとのことで海岸まで出た。
砂浜を歩くのは疲れる。裸足になって、水のそばを歩いた方が、砂も固くて歩きやすい。
長いビーチだったけれど、足を水に浸して気持ちがいい。 延々と砂浜を歩いた。
海水浴に来たおばさんが、声をかけてきた。しばらく一緒につきあって、並んで歩いてくれたりした。
やっと海岸の終わりに近付くと、そこから向こう岸に渡る船が出ているのだ。
これも巡礼路だった。
人が待っているからわかるけど、なんの看板もないから、地元の人でない限り、この舟乗り場をみつけるのは難しい。
カルロスと私が船に乗り、浜を離れたちょうどその時に、砂浜にルルデスがいるのが見えた。後からロベルトも来た。
向こう岸に着くと、ここが今日の目的地、サントーニャである。
岸に着くと、船着き場の目の前のbarで、すでにドリーたちが優雅にビールを飲んでいた。
私たちも椅子を持ってきて席につく。 次の船で、残りのみんなも来るだろう。
今日は長いみちのりだった。
田舎道をきちんと歩いてきたルルデスとロベルトたちには、もっと長かったに違いない。
全員揃ったところで、今夜泊まるアルベルゲへ向かうことになった。
この小さな港から、アルベルゲまではまだ1kmほどあった。
すでに西日が差し始めたが、まだジリジリと暑い。 みんな疲れきっている。
最後の橋の狭い歩道を歩いている時だった。
前方から来た人に声をかけられた。
「僕のこと、覚えてる?」
突然のことで、キョトンとする私に
「ラファだよ、マヨルカの。」
そうか〜、あのラファだ。サン・セバスティアンで会った、『銀の道』を歩いたことのある、あのラファだった。
ラファは、
「よく頑張って歩いたね。」
そう言うと、後ろで並んで待っている私の仲間たちに遠慮して、通り過ぎていった。
ラファとはいっぱい話したいことがあったので、うれしかった。
アルベルゲには、もう私たちのベッドはなかった。
荷物だけは部屋に置かせてもらい、夜の10時を過ぎたら、ジムにマットレスを敷いて寝るのだという。
つまり10時まジムは一般に開放しているため、それまでは入れないのである。
シャワーだけ浴びて、食事に行くことになった。
ベロニカ、カルロス、ロベルト、ルルデスと一緒に先にレストランに行く。
サラダやイワシを食べながら、ベロニカの話を聞く。彼女はバイオエレクトロニクスの会社に勤めている。
明日、何キロか歩いたら、カルロスと共にマドリッドへ帰るという。
後から来て、すぐ後ろのテーブルに席をとった他のみんなも、明日帰る人がほとんどだった。
残るのはドリーとマティルダだけ。
彼女たちもあと数日を残すのみだった。
また、ルルデスも同じだった。
今夜は全員が揃う最後の晩だった。
7月23日(日)Santander34.7km
みんなより早めに起きて、支度をしていたら、ラファに会った。
今日はグエメスまで行くが、その先のサンタンデールは距離があり過ぎると言っていた。
私は密かにサンタンデールを狙っていた。 ラファたちが出たあと、私もみんなより一足先に歩きだす。
大きめの町なので、町から出るのに苦労した。
途中ガソリンスタンドでペドロをみかけたので、道を確認したが、彼は車での「北の道」しか知らないので、私は車道を歩くことになってしまった。
行けども行けども次の村にはたどりつかない。
大きなラウンドアバウトに出たので、標識を見るが、こころもとない。
心細くなった私は、ロベルトに電話した。 すると、電話の向こう側のロベルト&ルルデスも、道に迷ったのだと言う。
仕方なく標識をた よりに、勘もきかせて右方向に曲がる。
その道は、今来た方向に戻る形となっていたが、 すぐにまた小さな標識をみつけた。
今度の標識こそ、地図にある村の地名を示しているような気がした。 だんだん近付くと、やはりそこから左折して、細い道に入ると書いてあるようだった。
と、そこに正面からやってきたのは、四人組の仲間たちだった。
何でいつも会っちゃうんだろう!
お互い驚きながら、一緒に小道に入っていった。
最初はジャングルみたいな道だったが、そのうち海岸に出たかと思うと、山に登りはじめた。
低木しかないので、見晴しは良いが、風が強い地方のせいか、トゲのある植物が、足下にたくさんあり、昨日日焼けした足を突いて、痛くてしかたない。
途中で長いパンツをはいて上へ登っていく。
私はカルロスの後をついていった。 矢印通りに進んだ結果だ。
なのに他の女性陣は、山に登らず、海の方に大きく回って山を越えようとしている。
カルロスは、
「みんな、どこへ行っちゃうんだー?」
そしてわたしにも、矢印はこっちなのに、みんなは違う方に行くけど、我々はどうするか聞いてきた。
矢印があるのだから、このまま行こうと合図した。
しかしこの山。かなり手こずったのである。
遠回りしても、海の方に回った女性陣の方がずっと早く反対側に着いて、しかも疲れている様子もない。
やっと向こう側に着いて、私は靴を脱ぐことにした。
ここからもビーチを横断しなければならないからだ。
また、水の中を、歩きながら行こう。 カルロスも先に行ってしまい、のんびりと支度をしているところに、急に現れたのは、ロベルトとルルデスだった。
いつもどこからともなく急に現れるロベルトに 「まるで妖精みたいだね!」 と言ったことがある。
しばらく一緒に海岸線を歩いたが、長くて途中で見失ってしまった。
やっと村に着いた頃には、太陽は真上にあり、海水客の数もピークに達し、その中をかき分け歩いて、もうすっかり疲れ果
ててしまった。
とりあえず、オレンジジュースとトルティーヤで力をつける。
そして、町の真ん中にあるインフォメーションへ道を聞きに行ってみると、そこにいたのは、ロベルト&ルルデスだった。
道を聞くのは彼らに任せ、私は二人についていくことにした。
インフォメーションでもらった地図を片手に歩いていくが、なかなかお目当ての地名に出ない。
二人も律儀に矢印通りに山を越えてきたらしく、疲れ果てていたので、barに入ることにした。
ルルデスは、昨日の田舎道で足を痛め、船に乗る前にバスに乗ったのだった。 しばらく歩いても、まだ地図にある地名にたどり着かない。
三人とも、ヘトヘトだった。
ルルデスが四人組の面
々と電話で連絡をとっている。 どうやら私たちは、全く反対の方向に来てしまったらしいのだ。
今からペドロが迎えにきてくれると言う。 ルルデスは、車に乗るが、私はどうするか聞いてきた。
少し考えて、私も車に乗ることにした。 反対方向に行ったのだから、距離的には充分歩いていること。
そして、もうすぐ仲間の半分と今日でお別れだから、会っておきたいと思ったのである。
そんな自分なりの理由をつけても、車に乗るのは、やはり抵抗があった。
間もなくペドロがやってきて、やはり途中でリタイアしたベロニカも先に拾ってきたようだった。
乗ったのは、数キロ、ロベルトと、今日はちゃんと歩いたんだから、これは問題ないよね!?と確認しあった。
やっぱりやましい気持ちがあるのだ。
そこには、この食事の後にマドリッドへ帰ってしまう面
々が一同にいた。 また、旅を続けるロベルト&ルルデス、四人組のドリーとマティルダは、この少し先の村が今日の宿泊地である。
私はここに留まるつもりはなかった。 まだ、サンタンデールまで行こうと、考えていたのだ。
居残り組も含めて、全員の写真やビデオを撮った。
大きなジョッキのビールを飲み干した後、私はいよいよ一人で歩き出した。 ここで休んで、すっかり疲れをリセットしたのであった。
今度はなるべく田舎道をせっせと歩く。
そこで今朝アルベルゲでみかけた巡礼グループに出会った。 ラファの仲間たちだ。
みんなもやはり、この村に留まるらしい。
また少しすると、三人連れに会った。彼らもここで今日は終わりだと言う。
その中には、先日来見かけた、偉そうなおじさんもいた。そのおじさんこそが、後で一緒に歩くビンゲンだった。
サンタンデールまでは、まだこの先15kmほどある。
なんでこんなに焦っているのかと言うと、時間が心配だったのである。 思ったより進まない距離に危惧を感じ始めていたのだ。
このままでは、予定通りサンティアゴに着かない。ボランティアを約束している巡礼宿に、約束の日に行けないのではないか!?
その巡礼宿には、すでにこの旅の前に訪ね、スーツケース一式も置かせてもらっている。
そこで約束したことだ。遅れては迷惑がかるのだ。
この頃の日没は22時。
時間は16時を過ぎていたが、明るいうちにはサンタンデールに、なんとか着くだろう。
最初は気持ちの良い、木陰の道を歩いていたが、最後の数キロはきつかった。
やっとのことで、サンタンデールの一つ手前の町に着いた。
ここからも大変だった。 渡し船を渡ればサンタンデールなのであるが、ここも海岸がある人気観光地のようで、人であふれかえっているのである。
渡し船の乗り場を聞こうにも、観光客にはわからない。 お店に入り、親切な店員さんに教えてもらい、その後も難儀しながらも、やっとのことで、船着き場にたどり着く。
船は一度小さな岬の村に立ち寄り、サンタンデールを目指す。 西日に向かって船は走る。
サンタンデール側に入っても、アルベルゲを探すのは苦労だった。
街が大きすぎて、みんなアルベルゲの存在を知らないのだ。
だいぶ近くまでやってきたのに、どうしてもみつからない。 すでに薄暗くなりかけていた。
なぜこんなに時間がかかってしまったのだろうか。
近くにいたカップルにアルベルゲの場所を聞くと、電話をしてくれたり、一緒に探してくれた。
そして、とうとうアルベルゲをみつけた。
そこはパラダイスであった。
時間はすでに22時。疲れ果てて到着した私に、ボランティアの女性は暖かく迎えてくれ、冷たいお水をたくさん出してくれた。
あ〜、苦労して来て良かった!
こんな時間でもベッドは確保できた。 洗濯をし、ドライヤーも使わせてもらった。
そしてここに、私が欲しかった「Camino del Norte の la Costa」のガイドブックが売っているではないか!
私は後で合流する予定だったパキに、本の購入を頼む予定だったのだが、電話で、まだ彼女が買っていないことを確認し、それをとうとう手に入れたのだった。
あの巡礼一日目に、マティウスが持っているのを見た時から、手に入れたいと思っていた本である。
その本は、ほとんどの巡礼者が持っているものだった。 そしてこの本を持っている人たちは口を揃えて、la
Costaの道を行くという。
アルベルゲの入り口で出会った女性が戻ってきた。
自転車に乗って一人で巡礼しているという。 スペイン人では珍しかった。 若くはないようだが、とても凛々しく綺麗な女性だった。
姉妹で歩いている美しいドイツ人もいた。
また、ここではちょっと場違いのカナダ人の男性がいた。 彼は巡礼について、今しがた知ったばかりで、そんなことをする人たちがいるのかと、興奮ぎみだった。
「君も巡礼しているの?」
アルベルゲではありえない質問だった。
洗濯物が乾燥するまで、ボランティアの女性はつきあって、待っていてくれ、明日の道について教えてくれた。
明日の巡礼路は、大きく迂回して遠回りをするが、一か所近道をする方法があると言う。
それは、線路の上を30mほど歩くのだった。
その地図のコピーをくれ、親切に説明してくれた。
今日も一日いろいろあったけど、また新しい人たちに会えて、元気になっていった。
7月24日(月)Polanco(Requejada)35.8km
大きな街のアルベルゲには、いつも見慣れない人たちがいる。
ここからスタートする人たちもいるからだ。 この日は、今まで一緒に歩いてきた誰よりも一人先に来てしまったため、ここには知り合いはいなかった。
ベッドから、むくむくと起きだすと、となりのベッドもごそごそしだし、顔を洗っていると、きのうのカナダ人男性が話しかけてきた。
「一緒に行っていい?」
名前をアンドレといい、フレンチ・カナディアンであった。
通勤客でにぎわうバルに入り、朝食を食べる。
おいしくて安いし、働いている女性も親切なので、アンドレはチップをはずんでいる。
サンタンデールの街を出るまでには、やはり時間がかかったし、なかなか田舎道に出ないため、少々うんざりした。
アンドレは、英語と体育の先生をしているということで、元気がいい。少しのスペイン語を使って、地元の人たちにも挨拶したり、話しかけている。
休憩した公園で、娘さんの写真を見せてくれた。
そして涙ぐみながら 離婚をして、今は週に一度しか会えない、写真を見ると、いつも泣いてしまうのだと言う。
何か悲しいことがあって、旅に出たと言い、ここにはアルタミラの洞窟への足がかりとして来た。
おおまかなスケジュールは、スペインを横断してリスボンに行って、セビリアを回って帰るとのことだった。
なんでこの道を歩き出したの?と聞くと・・・
・・・ インフォメーションに行って宿を探そうとしたら、昨夜のアルベルゲを紹介された。
巡礼のことを昨日アルベルゲに着いてから知って、朝起きたら、私が支度を始めたので、自分も起きて、一緒に出たのだと言う。
こんな仲間は初めてだ。 たった一日限定の巡礼者なのだった。
私はおせっかいながら、巡礼の「いろは」を伝授した。
途中で、昨日のアルベルゲで顔見知りになった、美人ドイツ人姉妹に何度か会った。
妹さんの方が、マメがひどいらしくて、電車に乗るということだった。
彼女たちは、Santiagoに行くつもりは毛頭ないらしい。行けるところまで行くだけだと言う。
この道は、電車の路線に沿って歩くことが多いので、線路を見ると、つい誘惑にかられそうになるが、本数は少なそうだ。
その証拠に、一度も列車を見かけたことがなかった。
アンドレも、相当なおせっかい焼きで、マメができ始めていた私に、ソックスを一枚提供してくれた。彼のお母さんのものだという。
ソックスを、二枚重ねにすれば、そこで擦れてマメはできないのだと言う。 靴に合ったソックスを履くことがとても重要だと思っていた私には邪道に見えたが、試してみると、これはなかなか良かった。
いよいよ、昨日のアルベルゲのお姉さんから聞いていた、ショートカットのポイントにさしかかった。
そこでbarを探す。説明の地図にそう書いてあったからだ。
アンドレはお腹がすいているようだった。
私はここでbarを探すために、あえて迂回するよりも、次の町のbarで食事をすればいいと思っていたが、こういうときに道連れがいると面
倒なものである。
つきあってbarを探してみたがみつからない。
私は
「次の町に行ってからにしようよ。この地図にも書いてあるし。」
「もしそこでbarがなかったら、君のせいだよ。きっと僕は怒り狂うよ。」
正直言って、何の保証もない。 私としては、barはあるかもしれないし、ないかもしれない。なければまだ先にあるだろう・・・・くらいしか考えていないのに。
丘の上まで来ると、眼下には、青い海が広がるすばらしい草原に来た。
今日の歩きは少し退屈だったけれど、ここのポイントは大きかった。
思わず深呼吸したくなるような絶景である。
ショートカットの道は、鉄道の線路の上を少し歩いて鉄橋を渡るのだった。
昨夜、その現場の写真まで見せてもらっていたので、安心だった。
列車はめったに来ることはないので、地元の人は皆、この道を良く知っていた。
線路の上を歩くのは、なかなかスリルがある。 鉄橋は川の上に架かっていた。
橋を渡り、目指すbarに一目散で向かったが、そこは休暇をとっているのか、閉まっていた。
アンドレは、いよいよ不機嫌になってきた。
私はもう面倒なので、コースから外れても、食事ができる場所に行こうかと提案した。
もちろん一人だったらそんなことは絶対しない。 ここは巡礼路である。お昼時にレストランが見つからないことなんて、普通
のこと。しかもスペイン。思うようになんてなるわけない。
アンドレは不機嫌な様子でこのまま進むという。
少し先をアンドレが歩いていたが、ふと見ると、レストラン兼barがあるではないか。
彼は余裕がないのか、看板を見落としていた。
覗いてみると、感じのいい店のようである。 アンドレを呼んで中に入った。
入り口のbarでまずビールを一杯。これはすっかりご機嫌になったアンドレがご馳走してくれた。
奥のレストランに入り、メニューを注文する。
ウェイトレスも感じよく、私たちが巡礼者だと知ると、自分もフランスの道を歩いたことがあると言う。
お料理もなかなか美味しくて、ますますアンドレはご機嫌がいい。
「なんかこの道って人生みたいだね。こんなところにこんな素敵なレストランがあるなんて思いもしなかった・・・。」
彼はまさにこの道の神秘の世界に一歩足を踏み入れたようだった。
まぁ、当たり前のことなんだけれども、こうして歩いていると、そんな気になるから不思議だ。
元気づいた彼は、道行く子供やお年寄りに片っ端から話しかけている。
気分の浮き沈みが激しい人なのか。 ワインを飲んだせいか、眠くてしかたがない。
教会の日陰で少しお昼寝。 そしてまた歩き出す。
今日の目的地は、ガイドブック通り行くつもりだった。
それで充分な距離である。
巡礼第一日めのアンドレは、まだまだ体力が余っているらしく、もっと先の町まで行こうと言う。
彼の面倒をみるのも疲れたし、私は予定通りの町へ行くと言って、分かれ道で別々の道へ進むことにした。
そこから約1km。アルベルゲは町の外れにあった。
ここ、カンタブリア地区では、今年はどこへ行っても、メイグリーンの地に赤く染め抜かれた文字の旗がはためいている。
アルベルゲの前にも、この見覚えのある旗何本があった。
大きな通りに面したこの小さなアルベルゲに行くには、まず鍵をもらう必要があった。
通りがかりのbarで聞けば、ここにあると言う。 おばちゃんが出てきて鍵を持って一緒にアルベルゲに向かう。おばちゃんのbarから100mほど先に行った、道の向かい側にあった。
こんな小さなアルベルゲは見たことがなかった。 全部でベッドは6つ。二部屋あって、小さな共同スペースにソファが置いてあった。
おばちゃんは、裏に回り、洗濯物はここで干すのだとか、ご丁寧に教えてくれた。
お庭もあるし、なんてこじんまりした、なんていい感じのアルベルゲなんだろう。
小さな部屋の中には、巡礼のイラストが描いてあった。
おばちゃんは、鍵を渡してくれた。 ここから外出しようったって、向かいのおばちゃんのbarに行くしか、行き場所はない。
おばちゃんは、朝は寝坊したいから、鍵をbarの箱の中に入れておいてくれと言い残し、出ていった。
洗濯も済ませ、一息入れたところで、夜におばちゃんのbarに行ってみた。
おばちゃんのbarには食べ物はないようだった。
ビールを飲み、ポテトチップを食べ、日記を書くくらいしかやることはない。
今日のアルベルゲは、私一人しか泊まり客がいないのであった。
おばちゃんは、ここでも世話を焼いてくれる。
帰り際には、パンとくるみをナフキンに包んで持たせてくれた。
今日はアンドレとの二人旅だったけれど、終着点では一人となり、こうしてやさしいおばちゃんと出会えて、今日も良かった!と思えるのであった。

























































































































