

8月1日(火)Oviedo 26.9km
出だしから霧が小雨に変わった。
一軒めのbarでゆっくりと休む。 みんなは大きなコーヒーを三杯づつ飲み、私は胃に優しいココラカオ(ココア)。
ここは私が奢ることにしよう。 このグループは、いつも誰かが奢ってくれるのだ。それはいつもビンゲンかウシか私だった。
たいていの場合は、割り勘である。私は特に主張はしないので、その時々のルールに従っているまでだった。
気分は浮かない。 天気のせいかもしれないけれど、みんなとは、何故かチグハグであり、ロンリーな気分なのだった。
この先が不安で仕方なかった。
小雨が降る中、ウシは私のすぐ後ろに付いてゆっくり歩いている。
マリアは何度も振り返ってくれる。 二人とも、すごくやさしい人なのだ。 なのにそれが私にとっては負担になるのだった。
押し黙って雨具も着ないでゆっくり歩くウシに対し、思いきって、先に行くように促すと
無表情で一歩前をゆっくり歩きはじめた。
真のやさしさなのか。私にはわからなかった。
オビエドまで5km地点で休憩。
その後も長かった。
景色なんてどうでも良かった。 早く目的地に着きたかった。
そう思うと、余計に時間が長く感じるものだ。
オビエドは、大きな街だった。 アルベルゲに着くと、オープンは7時からとある。
二軒となりのbarで遅い昼食をすることにした。
遅いと言っても、スペインでは普通なのだが、すでに四時だった。
白インゲンのスープや肉を食べて栄養を付けると、今日一日のマイナス思考から脱却することができるなんて、ゲンキンなものである。
親切にも、そのbarで荷物を預かってくれることになり、私たちはアルベルゲがオープンする7時までの観光に繰り出した。
ビンゲンは以前にもこの街に来たことがあると言うことで、地理にも郷土の歴史にも詳しかった。
正直言って、まじめで固そうなビンゲンとは、なかなか打ち解けなかった。 英語は全く話せないので、私の変なスペイン語で話すしかない。
ビンゲンは、ビルバオ大学の統計学の教授で、見るからに偉そうなのだった。
威厳がある顔というのか。その彼が何故かロベルトとウマが合うのであった。
さて、この街には見所が多いが、私たちにとって重要な、この「北の道・Primitibo」を初めて歩いた・・・
いや、元祖Camino de Santiagoを歩いたアルフォンソ二世の像がある。829年のことだと言う。
ビンゲンに付いて行けば、賢いガイドさんといるのと同じで、詳しい説明をしてくれる。
もっとスペイン語がわかったら、どんなに良いだろう。 カミーノの歴史なんて、なかなか日本では紹介されていない。
Primitiboのコースは、一番古いカミーノ(道)であると聞いて、私たちは少しだけ誇りを持つのである。
7時近くになったのでアルベルゲに戻ると、入り口に20人以上の受付をする巡礼者が、が待っていた。
ここから歩き始める人が多いため、知らない顔ばかりが並んでいた。
大変だ!
せっかく早くに来ていたのに、ベッドがないかもしれない。 受付時間の7時になると、おじさんが出てきて説明をはじめた。
「ベッドは20個しかありません。まず優先権があるのは、ここまで歩いて来た人です。」
ほとんどが今日から始める人たちばかりの中、つまりは私たちに優先権があるのだ!
しかし私たちの荷物はbarに置いてあったので、おじさんからは認めてもらえなかった。
そこで登場するのは、交渉上手のロベルトである。 頭がいい上、口が達者で、物腰も柔らかいから説得力があるのだ。
一度は断られた私たちだったが、ロベルトのお陰で、私たちはなんとか全員ベッドを確保することができた。
しかし、こんな大きな街で、ここから巡礼を始める人も多いというのに、ベッドは少ないし、オープンの時間は遅いなんて変だ。
あっという間にベッドは埋まり、多くの人がホステルを紹介されて出ていった。
ベッドを確保した中に、知っている顔があった。 以前にも会ったことがあるベルギー人夫妻だった。
受付をすることになった。 ロベルトと並んで前の人を待っていると、んんんっ?まずい!生年月日を聞かれている。しかもパスポートを見せろと言われている。
私はいつも適当な年齢を申請してきた。 ロベルトたちの前では、若そうにしていたのに、バレちゃったら大変だ!
「ロベルト、あなた先に受付しなよ。」
となりでロベルトが書類に書き込んでいる。 今日の宿代を請求されると、二人とも手ぶらで並んでしまい、お金を持ち合わせていない。
ロベルトが荷物のある部屋まで行って戻ってくる間に、私の書類の書き込みをしてしまおう。
案の定受付のおじさんは、パスポートを見せてくれと言う。そしてパスポートを取り上げ、書類に書き込んでいる。
ちょうど終了した頃、ロベルトは宿代の5ユーロ札を握りしめて戻ってきた。 おっ、やばい!早く追い払わなくっちゃ!
私はその5ユーロをもぎ取り、 「グラシャス!(ありがと!)」と言っておじさんに出した。
ロベルトはあっけにとられながら、笑っている。
「それ、僕のお金だよ。」
「うん、私の分も取ってきて!」
「はっ???」
こんなわけのわからないやり取りに、二人で大笑いしながら今日も無事に若者になりすますことに成功(!?)したのだった。
こうしている間にも、次々と新しい巡礼者がやってくる。
みな、落胆しながら出て行く様子が気の毒だった。
今後のアルベルゲは、今までのようにはいかないことが予想された。
おりしも8月1日、今日からホリデーが始まるスペイン人が多いことと、ここオビエドあたりからサンティアゴを目指して歩く人が多いのだった。
数日前から出来はじめたマメを、ロベルトに頼んで治療してもらうことになった。
ロベルトは自信ありげにいつも、マメには、針で糸お通しておくのがいいと言っていた。
サン・ヴィセンテのソフィアの治療はマメを悪化させてしまっていた。 ここできちんと直しておきたかった。
ロベルトは針と糸を持ってきた。 今年は『my針』を持っていなかったので、ロベルトの針を使うことになり、かなり抵抗感があった。
ロベルト・・・・変な病気とか持ってんじゃないの?
相変わらず、私は彼に対し厳しかった。
こんなにも優しくいい人で、悪い面を一度も見ていないのに、何故か信用できないのだ。
私は針を出来る限り消毒した。 そして後は彼に任せた。
ロベルトは、何をやらせても器用で、痛みをまるで感じさせずにマメに糸を貫通させ、糸を適当な長さに切って、そのままにしておくのがいいと言う。
二日後に糸を抜けばいいと言うのだ。皮膚とは言え、体の一部に糸が入っているなんて、気持ち悪かったが仕方ない。
みんなは夕食に行くという。
私は一緒に出て、ヨーグルトや果物を買って済ませることにした。 遅めの昼食が終わったばかりだったので、私は一人で残って5日分の日記を書くことにしたのだ。
時間があるようで、一人きりの時間というのは、歩いている時以外にはなかなかない。
ふと見ると、ベルギーのおじさんとおばさんも部屋にいたので、ヨーグルトを一つづつ分けてあげると、お返しにチョコレートをくれた。
二人と初めて出会ったのは、一昨日のあの分かれ道の、アルベルゲだった。
いつも仲良く二人の時間を過ごしている。
今日こそは、早めに寝るつもりが、日記を書き終わると、みんながどやどやと帰ってきた!
8月2日(水)Cornellana 37.7km
早く起きたものの、私たちのグループは朝が遅い。
ゆっくりと支度し、コーヒーを飲み出発する。
例によって、大きな街からの脱出には時間がかかる。
みんなと同じ歩調で歩くのはつらい。
自分のペースであるいてこそ、気持ちが解放されていくはずなのに、これでは苦痛なばかりである。
田舎道に入ると、ウシは私の近くを歩いている。一緒に歩んでくれるのはわかるのだが、少しでも立ち止まれば、
「早く歩きなさい。」 とか 「前を向いて歩きなさい。」
そんなアドバイスが、私にとっては命令にしか聞こえない。
下を向いて歩くには、二つの理由があった。 一つは常に誰かの背中を追っているため、どうしても足下を見ながら足早になってしまう。
もう一つは、地面に落ちているものを観察するため。 前者は、不本意なことであり、私は誰かの背中を見ながら追いかけて歩くなんてまっぴらなのに。
後者は私の楽しみでもあり、そこで木の実や石を拾ったり、草花(持って帰るわけにはいかないので、写
真に収める)を見たり、誰かの足跡を発見したり、田舎歩きの楽しみでもあるのだ。
今まで一緒に歩いてきた人に、こんなことを言われたことはなかった。
こんな時に、地図さえあれば、自由になれるのに。 何も持たない私は、次の町どころか、今日の目的地さえも知らないで歩いているのである。
早くガイドブックを買いたい。 それさえ手に入れれば、同時に自由を手に入れられるのだ。
しかし問題は、大きな街でなければ本屋はない。 しかも本屋が開いている時間に街にいることは難しかった。
この道を選んだことは、やはり失敗だったのだろうか。
La CostaとPrimitibo。
どちらを選ぶべきか、これだけ悩んだ選択は過去を振り返っても、幸か不幸かなかったのである。
悩みに悩み、直ちに結論を迫られるというのは、たかが巡礼かもしれないが、私にとっては大いに悩ましいことであった。
そもそも、どちらを選ぶかなんていうことは、たいしたことではないはずだ。どちらに行ってもそれぞれの苦しみも楽しみもあるはずである。
しかしこの時の私にとっては、大きな人生の分かれ道のような気さえしていたのだ。
誰でもふとした時に、過去を振り返り、いくつかの分かれ道で決断したことに対し、もしや『別
の道』を選んでいた方が良かったのではないかと思うことがあると思う。 私も歩いている時に、ふと思いがよぎることがある。
もし「もう一つの道」を歩いていたら・・・・・・・。
結論はいつも同じだった。
『やっぱり自分が選択した方の道で良かった。でなければ、今の自分はないのだから。』
それなのに、今回だけは違った。 選んだ目の前にあるこの道は、本当に「私の道」だったのだろうか。
そしてその思いは、現実の自分の生活とだぶってくるのである。
今度は、それさえも自信がなくなってくる。 こんなことは初めてだった。
なんだかこの不安は、単にLa Costa とPrimitiboの選択には収まりきれなくさえなっていった。
一緒に歩いている他の四人は、みな優しい。
特にロベルトは、常に変わらない優しさで接してくれた。
時間が経つうちに、彼は明るさと、利発さを兼ね備え、内面的にも充実している人に思われた。
でも、最初の印象から、疑惑が100パーセント晴れていたわけではなかった。 相変わらず、軽い人なのではないか。表面
的に女性に親切な人なのではないか。そして一つ、大きく不審に思うことがあったのだ。
ロベルトがPrimitiboを選んだ理由は・・・・・?
単にビンゲンに付いて来たのではないのだろうか。 ビンゲンは私たちにお茶などをご馳走してくれる。巡礼中は、貧富の差なく割り勘で払うのが普通
だが、気前が良い。 そのうち、私たちも順番でご馳走しあうことになる。 しかしロベルトは、いつもお金を持っていない。お財布さえ見たことがないのだ。そして一度、食事代を、ビンゲンに出してもらっているところを見たのだ。
たまたまお金がなくて借りただけなのかもしれないが。 もしやロベルトがビンゲンに付いてきた理由は、お金の援助のためであり、そのためにビンゲンが行きたいというPromitiboを選んだのか?
それに私もくっついて来てしまったのだろうか?
私は単純な人間だと思う。 と言うよりも、単純でありたいと思っている。
こんな風に考えるのは、自分らしくないと思うのに、自然と頭の中で作り上げてしまうのだった。
もう、かき消したくても浮かんできてしまうのだ。 そうなると、私の悪い空想は、果
てしなくネガティブな世界に迷いこみ、自分の選んで来た人生の、折々の道さえも疑問が生じてきた。
もう、誰かの背中を追いながら、歩くなんてまっぴらだ。
誰かに命令されながら歩くなんて、とんでもない。
そして自分がグループの中にいながらも、ひとりぼっちであると感じてくると、もう前には進めなくなって、草むらで荷物を放り出し、思い切り大声を出して泣きたくなった。
誰もいない田舎道のこと、多少のことは許されるだろう。
「もうイヤだぁ〜!」
と叫んだとたん、イノシシのような獣の影が前方から音を立てて突進してきた。
ロベルトだった。
それほど離れた場所にはおらずに、異常に気がついて飛んできてくれたのだった。
その早さは、何も考えずに飛んできた弾丸のような早さだった。
私が「ひとりぼっち」ではない証拠でもあった。
ロベルトは
「僕には何を言ってもいいよ。」
私のむしゃくしゃした気持ちをぶつけられるのは、ロベルトだけしかいなかった。
ひどく当たってしまいそうだったので
「ロベルトがそんな役目をすることなんてないよ。」
すると
「僕に面倒をみさせてよ。世話を焼きたいんだよ。」
どうしてそこまで言ってくれるのか。私の頭の中は、依然として疑惑のロベルトなのに・・・・・・。
いつのまにか他の三人も戻ってきてくれた。
そして後ろから見知らぬ巡礼のグループが通りがかると、恥ずかしくなってきて、再び歩き出した。
すぐにビンゲンのおごりでお茶にする。
その後も、ロベルトとマリアは気にしてゆっくり歩いてくれた。
マリアは言う。
「平らな道では早いけど、登りでは急にゆっくり歩きになるの。ウシからいつも離れてしまのよ。」
ウシとマリアの荷物の重さは半端ではなかった。 二年前のスペイン勢の荷物もけっこう重かったが、最近は、かなり荷物を小さく軽くしてきていた。
ドイツ勢は、体格がいいせいもあり、荷物が重いことはそれほど負担ではないらしい。
ウシはテントを背負い、一眼レフのカメラも持っている。食べ物や水の量もかなりある。
別のドイツ人からこんな話を聞いたことがある。
「僕たちは心配性なんだ。Tシャツを二枚持って行こうって思うと、いや、もしかして洗えないかもしれないから4枚持って行こう。もしかしたら素敵なレストランに行くこともあるかもしれないから、おしゃれなシャツも一枚持って行こう。泊まる所はどうだろうか?もし何処にも泊まるところがなかったら大変だから、テントを持って行こう。その上レストランもなかったら大変だから、たくさん食料を持って、コンロも持って行こう。」
ってことで、荷物はどんどん膨れ上がるのだそうだ。
二人も例外に漏れず、大きくて重いリュックを背負っていた。
ロベルトは、そんな二人の陰でこっそりと、
「ドイツ人の女性を怒らせたらコワイよぉ。やっぱりスペインの女性がいいな。」
と、冗談まじりに言っていたこともあった。 ここが最後の休憩の村という場所では、ビールを飲んで乾杯する。
そこから私は一人でゆっくり歩くことにした。
ロベルトには、
「もし目的地の村でコピー機が見つけられるようだったら、ビンゲンのガイドブックをコピーしておいてね。」
マリアには、
「アルベルゲに先に着いたら、下段のベッドを取っておいてね。」
歩くペースを人と合わせるのも、合わせてもらうのも苦痛だった。 もうここまで来たら、少しくらい迷ったとしても、先は見えている。
ここまで来て、やっと自由になれるのだ。
最後はご褒美に音楽を聴きながら歩こう。 普段はなるべく自然の音に耳を傾けたい。でも、コンクリートの退屈な道とか、最後のスパートには音が必要になることがある。
思いっきりノリノリの、嫌でも足が進んでしまう曲を聞きながら、走り出しそうな勢いで坂をかけ降りる。
曲を聴いているうちに気分がどんどん前向きになる。 道ばたの草花から、すれ違う車から、道しるべの矢印から、すべてのものが、自分を応援してくれるような気になってくる。
『ありがとう!ありがとう!』 と笑顔で答えたくなってしまう。 まるで変な人みたいだけど・・・・・・・・・・。
曲が変わると、今度はじんわりしてくる。 ♪絶望の真ん中をみつめましょう・・・・・・♪
目を逸らさないで現実を見つめよう。 そして再びノリノリの曲に戻す。 足は止まらないどころか、もう操縦すらできないほど、勝手に進んでしまう。
曲がり角を抜けると、教会があり、入り口の階段の上で、みんながそれぞれ疲れ果
てた様子で、横になって休んでいるのが見えてきた。
私に気がついたみんなも、半分起き上がって手を振った。
「オラー!!!」
と元気よく呼びかけ写真をぱちり!と撮り、次の瞬間私は
「アシタ・ルエゴー!」(またねー!)
と言って、止まらずに、そのまま歩き始めた。
それを見て全員が、大爆笑。 当然一緒にここでの休憩に私も参加すると思ったのに、後からきたくせに、元気良く先に行ってしまったからだ。
背後からのみんなの笑い声を聞きながら、益々元気になって、足が止まらない。
大きな道に出た。
道の両側には大規模なキウイ畑が広がっていた。 見慣れない光景だった。スペインでもキウイを栽培していたのか。
珍しく人が道を横切った。 行き先が不安だったので、確認しておこう。 農家のおじさんというよりは、大規模農園の主といったこざっぱりした男性は、もしかしたらキウイ畑の持ち主なのかもしれない。上手な英語で親切に道を教えてくれた。
やはり旅人を元気にしてくれるのは、道ばたの草花であり、地元の優しい眼差しなのだと思う。
いよいよCornellanaという今日の目的地の町に入ると、人々が競うように、アルベルゲはあっちだ!こっちだ!と教えてくれる。
今日のアルベルゲは、教会の敷地の中にあった。
受付をしてくれたのは修道士なのだろうか。とても優しくて感じが良いが、普通の服装だ。
我々は全員で5人、後の4人はもうすぐ来ると言うと、部屋を案内してくれ、ベッドを5つ取らせてくれた。
シャワーも清潔でいくつもあり、とても居心地の良いアルベルゲだった。
急いでシャワーを浴びて洗濯物を久しぶりに洗濯機で洗った。 乾燥機もあるので、大量
につっこんだ。
戻ってくると、同室のオラヤとユリアが居た。 初めて会った巡礼者で、オラヤはシャワーから出てきたばかりで、一糸まとわぬ
姿で、髪をタオルで乾かしている。 二人はバレンシアから来たと言う。 後から来るロベルトはマドリッドの出身だが、今はバレンシアに住んでいると話した。
そのうち、4人が到着した。
みんなは口々に
「ベッドを取ってくれてありがとう、さっきの歩き、すごかったね。」
そしてロベルトは紙の束を渡してくれた。 待ち望んでいた、ガイドブックのコピーだった。
みんなが遅かったのは、コピーをする店を探し、こうして11枚分のページをコピーしてくれていたのだった。
とてもありがたかった。 これで本当に自由に歩くことができる!
そしてガイドブック通りに歩けば、あと11日間を、残すのみとなっていたのであった。
夕食はキッチンにパスタ入りのサラダが作ってあった。
修道士が多めに作ってくれたらしい。
パンもあり、私たち5人とオラヤとユリア、そしてホルヘというやはりここで初めて出会った男性も一緒に食事をした。
部屋に戻ると、ビンゲンとウシがBarに飲みに行くという。
私たちは断って、部屋に居た。 マリアが聞いてきた、
「ねぇ、あなたは何座なの?」
私は蟹というスペイン語を知らなかったので、指をチョキ状態にし、横歩きをして説明すると、彼女は転げるように大笑い。
マリアは天使のように素朴で純真、包容力のある素敵な暖かい女性だった。
今度はロベルトも加わり、自分たちの歯磨きの自慢が始まった。 ロベルトの歯磨きは定番のミントの香り。私はご自慢の、子供用歯磨きのイチゴの香り。そしてマリアのはアニスの香りだった。
スペインでよく飲まれるオルッホという酒の香り付けにもこのアニスが使われる。
私はこの香りに弱い!ピンときた!オルッホを飲みに行こう!!!!!!
急いでウシとビンゲンを追いかけた。
一杯だけオルッホを飲んで今日は寝よう。
8月3日(木)Tineo 29.3km
結局ゆうべ、アルベルゲに泊まったのは、私たち5人とオラヤたち3人のスペイン人、そしてベルギーの夫妻だけだった。
朝食もキッチンにあったパンをもらい、コーヒーを飲んで出発した。 朝から小雨。
そして本格的な雨へ。
やっと辿り着いた最初の村でみんなが集っていそうなbarを探したがみつからない。
とうとう村の出口まで来てしまった。 そこでオラヤとユリアに会い、二人はパンを買いに行くということなので、一緒についていった。
パンを買ったはいいけれど、近くのBarは閉まっていて、軒下のテーブルに座って食べることにした。
みんなはどこにいるんだろう?
一人で歩くならそれでいい。でも、もし私のことを待っていてくれたら、そこへ行かなくてはならない。
みんなを探すのだって苦労なのだ。 お陰でこんな雨の中、閉店のBarの軒下で暖かい飲み物もなく、パンをかじらなくてはいけないのだ。
そこにどこかのBarですでに休んだ4人がやってきた。 巡礼路から小道に入ったBarに居たと言う。
それじゃあ、探してもわからないはずだ。 4人に悪気はない。 ロベルトは
「僕のこと、怒っている?」
「うん。」
ロベルトに対して怒っているわけではなかった。 彼らと一緒に歩くのか、そうでないのか。中途半端な状況になってしまった。
ここで、今の自分の気持ちをぶちまけた。
ロベルトのことは大好きだった。たぶん前世で、彼は私のお父さんだったに違いない。
なんでも彼には言うことができるのだ。 大好きなロベルトに、自分の最も見せたくない部分をさらし出すのは抵抗があったが、いつでも彼は、大真面
目に聞いてくれた。 話すことで、救われていくのがわかる。
「今までの巡礼では、楽しい思い出ばかりなのに、今回はなぜかロンリーでミゼラブルなの。天気のせいかもしれないけれど。」
「きっと巡礼が終わって、日本に帰ってから思うよ、『いい巡礼』だったって。」
その後の道は、雨でぬ
かるんで大変だった。
目の前に、大きな水たまりがある。どうやってこれを渡ろうか。考えるのもけっこう楽しいひとときだった。
結局、最初の2~3歩はうまくいったものの、続かない。
どぼどぼっと柔らかい土に足を埋める。 くるぶしまで泥に浸かっていく。 もうお手上げだ。
話すことで気持ちが軽くなったせいか、はたまたヤケクソか、気にしないでどんどんぬ
かるみに入っていく。
山道が終わる頃、ロベルトから電話が入った。
アルベルゲまでの近道を教えてくれたのだ。 サッカー場を越えたらその横の道を入っていく。
アルベルゲは丘の中腹にあり、眺めの良い場所だった。
中に入ると、泥だらけのブーツがたくさん並んでいる。
そこへロベルトが出てきて、
「ベッドが一つだけ足りないんだ。」
廊下の隅にあったマッサージ用ベッドを指して、これしか残っていないから、自分がここに寝ると言う。
見れば少々小さくて、私にぴったりのサイズである。
「私がここで寝るよ。だってサイズがちょうどいいもん。」
ここには見知らぬ巡礼者がたくさんいた。
オラヤとユリアもいた。
ベルギーの夫妻もいて、テーブルで食事をしていたら、ワインを分けてくれた。
彼ら以外の大多数は、初めて見た面々だった。
外に出ると、下の景色が見渡せ、山々も見える。
ここで2件の電話をすることにした。
最初はヤスミーナという、巡礼後にボランティアを予定しているアルベルゲの管理人だ。
今月の15日にはそこへ着く約束になっていたが、今まで頑張って急いで歩いてきたのに、ここ数日はスピードを落としているので、どうなるかわからなかったからである。
「ヤスミーナ、お願いがあるんだけど・・・・。」
「なぁに?私ができることならなんでも協力するわよ。」
「あのね、もし『15日に巡礼宿に着けない』って言ったら困る?」
「そうね、ちょうどボーイフレンドが19日までいるから心配しないで。だいじょうぶよ!」
良かった!もっと早く電話して、聞いておけばよかったくらいだった。
そしてもう一件は、二年前の巡礼の道で出会ったフェルナンドであった。
フェルナンドとは、その後冬に会ったり、メールや電話でずっと交友が続いていたが、今回は何度電話をしても繋がらなかったが、ここでやっと繋がった。
フェルナンドのお父さんが先月亡くなって、忙しかったようだった。 去年の暮れにセビリアで会った時に、すでに病院通
いや手術をしていたのだった。
「今どこに居るの?」
「えっと、どこだ?」
そばにいたユリアに受話器を渡し、地名だけを言ってもらった。
「じゃあ、来週ラ・コルーニャにホリデーに行くから、もしかしたら会いに行けるかもしれないよ。わからないけれど。」
どちらにせよ、巡礼後のボランティア先はフェルナンドの家に近いので、どちらにせよ、そのうち会うことになるだろう。
二本の電話によって、気持ちもすっかり明るくなった。
マッサージ用のベッドは、廊下の隅にあり、洗面所に近かったので、出入りが少々うるさかったが、室内の方が、誰かの大きなイビキで大変だったそうである。
ベッドはなかなかの寝心地であったし、熟睡することが出来た。
7月31日(月)La Vega de Sariego 23.7km
早朝に出発するラファたちのグループを見送るために、早く起きて、
「アルスワで会おうね!」
と言い合って別れた。アルスワは、「フランスの道」沿いの村で、どちらの道も、ここから合流するのであった。
(Santiagoまで38.5km地点)
少し遅れてprimitiboのメンバーである、ロベルト、ビンゲン、ウシ、マリアも出てきて、五人で出発した。
平らな道の間は良かったが、上り坂になると、とてもみんなにはついていけない。
マリアもウシも、身長は170cm以上あり、ゆっくり歩いているように見えて、早いのだ。
最初の村で、朝食を食べることになっている。 私は歩き出してすぐに悲しい気持ちになっていった。
とても一緒には歩けない。そして私を悲しくさせていたのは、道の地図を持っていないということだった。
地図さえあれば、一人で勝手に歩いて、宿でみんなに会えば良い。これまでと同じように。
しかし、地図もなければ、どんな村を通り、どこまで行くのか皆目見当が付かずに、矢印だけを頼りに歩くのは恐怖だった。
その矢印も、相変わらず親切とは言えず、このコースは山道を歩くことが主だから、余計に不安だった。
歩きながら考えた。 無理だ。 やっぱりあきらめよう。 la Costaの道に行こう。
出発点から6キロの地が、分岐点なのであった。
一つ目の村に着いてbarに入る。 ウシとマリアはすぐに銀行へ行くと言って出ていった。
私はロベルトに、
「ロベルトに付いて行きたくてこの道を選んだけど、私には無理だから、今から la
Costaに行くわ。」
はっきりとした口調でいいながら、涙がポロポロ出てくるのだ。泣きたいわけではない。涙がとにかく出てしまうのだ。
ロベルトは静かにそれを了承してくれた。
ロベルトに頼んで、ラファチームの一人に、私がGijonへ向かうので、キャンセルをキャンセルして欲しいと電話をしてもらった。
ビンゲンにも伝え、戻ってきたウシたちにもそれを言ったが、彼女たちには伝わりきれていなかった。
再び彼女たちは、今度はスーパーに行くと言って出ていった。
barの前で、ビンゲンとロベルトの最後の写真を撮ることにした。
二人には、手を振ってもらうという演出付きで。
向かいの公園の前に彼女たちがいた。
私が『さよなら』を言いに行くと、びっくりして
「だいじょうぶよ!あなたが歩く速度で一緒に歩くわ。道の要所要所で待っているし。ずっと一緒に歩きましょうよ。」
二人の引き止めは、少々強引だった。 とりあえず、分岐点までは一緒に歩くことにした。
この村を出るのには四苦八苦した。
ビンゲンたちはしっかりしているようで、意外にも道に迷うのだ。 この村を出るだけで、ずいぶんと体力と時間を使ってしまった。
そしていよいよ分岐点に来た。 正直言って、まだ迷いはあった。 ここまで来ても、決められない優柔不断の自分がいた。
ここではみんなの提案で、神様に聞いてみようということで(!?)コインを投げた。
表なら Primitibo, 裏なら la Costa。
こんなことでもしない限り、私には決断ができなかったのだ。
ロベルトがコインを投げる。 結果は表だった。
次に、目をつぶってグルグル回る。
そして方向を指す。 その方向は・・・・・・・・
Primitibo へ行く道を指していた。
こんな危ういゲームなのに、私の腹はようやく決まった。
よし、Primitiboに行こう!
その背景には、もう一つの理由があった。 すでに時間は12時近くなっていたのだ。
Primitiboの宿までは今日は距離が短い。ところがGijonまではまだ20kmあり、山の高低差も激しかった。
ここからGijonまでは、ホテルがあるような村がないのだ。 早朝に、みんなと一緒に出たならまだしも、barでゆっくりし、道に迷って時間を費やしたため、自信がなかったのだ。
結局またロベルトに、la Costa組へ、キャンセルのキャンセルのキャンセル!!を頼んだのであった。
そこからなんとか、今日の目的地まであと5kmの地点まで、みんなと一緒に歩くことが出来た。
barでビールとシードルで乾杯だ。
道は海から離れ、どんどん山道に入っていく。
それはまた、美しいことこの上ない。
こういう景色に出会うと、こちらのコースに来てやっぱり良かったと思えるのであった。
アルベルゲには昨夜一緒だった、ベルギー人のご夫婦だけがいた。
夕食は、近所のレストランでボリュームたっぷりのイカのフライを食べる。
もうここまで来たら、引き返しも、変更もできない。
覚悟を決めるしかない・・・・・・のに、まだ消化しきれないのであった。










































































































































